【王】動乱の兆し

第百四十五話 盤石の体制

永禄三年 師走(1560年12月)

山城国 二条御所



 正室として綾さんを迎えて一年ちょっと経つ。

 当初心配していた二人のお嫁さん問題は、綾さんの特殊なへき(趣味)によって回避され、穏やかな私生活を過ごせた。


 綾さんは相も変わらず執筆活動に精を出し、彼女の愛する文化を広めるべく邁進している。彼女の作品たちを忍者営業部の流通網に載せたところ、なんとバカ売れである。

 圧倒的な支持者に支えられ、シリーズ物を纏めて買うという大人買いが起きているらしい。


 楓さんの負担軽減(読後の感想を求められる)のために忍者営業部の販売を打診していたものの、それほど売れるとは思っていなかった。布教活動が楓さんに向かわないよう、目を逸らす目的だったのに。どうやら俺の目が間違っていたようだ。


 一つネックになったのは文字である。彼女の作品は仮名文字で書かれており、武家の男性陣から読みにくいと意見が上がっていた。その対策を考えた綾さんは、写本作業に俺を駆り出そうとしたので、幕臣でそういうのを嗜む人物を紹介した。


 その人物は、綾さんの作品を読むなり、先生と崇め奉った。彼は、綾さんへ対して俺よりも丁寧に接している。

 若干気になる部分はあるが、BL本の写本地獄から逃れることが出来たのは幸いだった。


 彼は寝る間も惜しんで写本に取り掛かり、大量の本を書き上げたらしい。

 それは仮名文字のオリジナル版とともに流通網へと載せられ、諸大名や武家たちに届けられることになる。


 今では、和歌集などよりも売れ行きが良く、侮れない利益を叩き出している。

 綾さんにそのことを告げると各地の同志たちに情熱を届けられたと満足しており、金銭的な話は無用だと断った。


 綾さんは引きこもり生活を満喫しており、執筆に全てを費やせる今の生活に満足しているらしい。だから、売上から材料費などを支給するだけになっている。

 綾さんを先生と崇める幕臣も綾さんが受け取らない以上、信者の自分も要らないと拒否しており、こっちも無償奉仕に近い。


 この幕臣の信者は幕府内でも布教しており、写本に取り組む信者は三人に増えていた。いずれ正室派閥が出来るかもしれない。


 俺としては、気兼ねなく楓さんとイチャつけるわけで文句の付けようがない。趣味は他者に迷惑を掛けなければ自由である。



 しかしながら、そんな平穏な私生活とは対照的に、戦乱の世は激しさを増している。


 戦国時代というものは激動の時代であると思わずにはいられないかった。

 俺のいる京の都周辺だけでも騒がしいが、周辺諸国ではもっと騒がしい。


 まず京の都周辺では、河内国と紀伊国守護の畠山高政が、三好家の力によって復権出来たにも関わらず、追放の元凶の安見宗房と手を組み、三好家と断絶。

 去年、三好家によって元の居城である河内国の高屋城に戻してもらって一年も経っていなかった。


 そこからの長慶さんの動きは速かった。去年と同様に大軍を動員し、畠山勢を野戦にて撃破。その後、各個撃破の形で安見勢に勝利。援軍に来ていた根来衆なども松永久秀さんの弟である内藤宗勝が駆けつけ、これを撃破。以前苦労していた火縄銃に対しても、竹の楯で被害を抑えたらしい。


 この対策は、根来衆から鹵獲した火縄銃で部隊を作り試行錯誤したうえで発見したそうだ。前回同様に数の差で押し切りつつも、火縄銃の損害を抑えて完勝という結果に。

 それ以上に、敵が集まる前にそれぞれを撃破した手腕と速度が完勝の最たる理由だと思う。


 こうして、紀伊国と河内国の守護 畠山高政は国を追われ、どこかへ落ち延びていった。守護の居城である高屋城は弟の三好実休さんに預けられ、和泉国の十河一存さんと共に畿内の支配を強固にしている。

 それと、安見宗房を撃破したおかげで、彼の影響力が強かった大和国北部にも大義名分を得て進軍。そのまま北部を占拠。こうして畿内五国のうち、大和国の半国余りを残し、全てを勢力圏とした。


 畿内に敵なし。盤石の体制と言えるだろう。


 畿内のお隣である近江国では、江北に根を張る浅井家が六角家から独立。半数にも満たない浅井家が六角家を打ち破り確固たる地歩を築く。足場を固めた浅井家は、越前国守護の朝倉家と従属に近い形の同盟を結ぶ。


 この戦いの結果、六角家の力は大きく削がれることになった。

 それが影響したのか、かつて一色義龍さん(斎藤義龍)が提案していた六角家=一色家の同盟が結ばれ、浅井家への牽制とした。



 他の地域に目を向けると、以前気になっていた桶狭間の戦い。これが歴史にあった通り発生した。

 終始優勢だった今川家当主の今川義元が桶狭間の地にて散ったのだ。

 それからは瞬く間に勢力圏が変わっていった。

 まず、今川家に従属していた松平家が三河国にて独立。当主は松平元康さんというらしい。多分この人が徳川家康さんだろう。いずれ織田信長さんと同盟を組むことになるはずだ。これを阻止したいけど、どうやって阻止したら良いか考えつかない。


 こういう計略を考えられる人が側にいないんだよな。松永さんなら適任っぽいけど、俺の味方のようでいて、そうじゃない感もあって相談しにくい。武田信虎さんも同じ。後世のイメージだと光秀くんが適性がありそうには思うけど、俺の側仕えをして一年ほど。それまでは国人領主として生きてきたようで、今のところ、その片鱗は見えない。


 ――――どうしたもんかな。とりあえず会うだけ会ってみようか。独立するなら将軍の御墨付きが必要だろう。そう考えて、松平元康さんのことは保留に。



 駿河国の今川家を巡る情勢は、松平元康さんの動きだけじゃない。甲斐武田家の武田信玄さんが同盟を破棄して、駿河を得ようと画策している節があった。これは忍者営業部の報告で分かったもので、まだ表面化していない。



 この機に乗じたのは東海方面の武将だけではない。

 頼りになる長尾輝虎さんだ。予てより関東管領の上杉憲政から要請のあった関東討ち入り。関白の近衛前嗣も早く関東に向かうべきだとうるさいらしく、決行を決めた。ということにしたと輝虎さんからの手紙に書いてあった。


 実のところは、長いこと北条家と争っている里見家からの要請と桶狭間の戦いという要因から決行することにしたみたい。

 今川家が揺らいでいるため、三国同盟も従前の力を発揮できないだろうという読みだ。


 長尾さんの活躍は目覚ましく、八千くらいの兵で越後を出ると、関東北部の上野国沼田城を落とす。その後、関東攻略の拠点となる厩橋城を落とし、腰を据えると周辺の城を落としまくった。


 そこへ上野国と武蔵国の武士が続々と幕下に加わり、数万の勢力になる。事態を重く見た北条家は三国同盟に救援を要請。武田家のみならず、当主討死で揺れる今川家も援軍を派遣した。


 これにより、膠着状態になるかと思いきや、今川家の援軍を待っていたかのように長尾さんも南下。小競り合いを繰り返しながらも、さらに膨れる長尾勢に北条家は小田原城へと撤退を決定。主要な城で籠城しつつ、本隊は小田原城へと帰っていた。


 この采配には不思議に思った。援軍が来る前に撃破するならまだしも、集まってから戦いを挑む。長慶さんのやり方と逆だ。

 自分なりに考えてみると、敵の援軍よりも自軍の兵の集まりが多くなるという考えだったのではなかろうか。正解を求めて長尾さんに手紙で聞いてみたが、その方が良いと思ったという返事しかなく、俺には良く分からなかった。



 こんな感じで大きな戦だけでも激動の年と言える。他にも小さな戦いもたくさんあって盛者必衰の様相を呈している。

 まだ幕府軍は十分な数が揃っていない。姿を隠しているが、準備が整わぬままに出陣する時が来るかもしれない。


 今の状況なら三好家のために戦うことになるだろう。それ自体悪いことじゃないけど、今の三好家に千数百程度の軍が必要になるとは思えなかった。

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