【覇】十人十色

第百四十四話 それぞれの兄弟

「この時期は敵より暑さの方が敵わん」


 筋骨隆々。敵どころか鬼すら恐れて逃げ出していきそうな武将は、戦陣にあってもどこ吹く風。己の敵と戦っていた。

 この男は敵を恐れることはないが、夏場には大層苦労している。


 生来、汗っかきで脂性。夏場では平服でも汗疹や吹き出物が出来る。その男が戦装束として着物を重ね着し、鉄板の鎧に鉄兜を被れば、その後のことは察して余りある。


 特に頭皮はその影響が甚大で、蒸れる兜の中は最悪の状態だ。通気性の良い揉烏帽子もみえぼしを被ったところで、大した効果は得られずに吹き出物が出来てしまう。仕方なく、毛抜きでもって髪の毛を抜き、月代を広げた。兄弟たちの月代と比べ、範囲は広く四角い。その特徴的な月代は、本人の武勇も合わさり、配下たちから憧憬の的となっていた。


 本人の苦悩はつゆ知らず、特徴的な月代を真似する武士が増え、武勇にあやかるべく、その男の名を冠した。十河額である。


 当人からすれば「頭皮の状況を改善してくれれば何でも良い」と言いそうである。特徴的な月代にしたおかげで幾分改善されたが、頭皮環境は良くない。

 そもそも生まれつき肌が弱いのかもしれない。



 こんな男だが戦働きは抜群。優秀な兄弟の中でも特に戦に強い。

 つい先日の和泉国の反乱を鎮める戦いでは、二万の軍勢の中核として、兄の三好長慶、三好実休とともに参陣していた。


 面倒は部隊指揮は兄たちに任せ、当人は敵勢に乗り込む。松永久秀が五千の兵で返り討ちにあった敵に対して、鉛玉を恐れることもせず、乗り崩しを仕掛けた。後ろに続く配下たちが火縄銃の餌食となる中、何故か彼からは弾が逸れていく。


 戦の神に愛された男なのかもしれない。そう思わせる戦働きだった。

 結局、その戦いは彼の騎馬突撃により、火縄銃の優位性を奪ったことで決した。

 他方面は損害を無視して足軽を突撃させ、距離を詰めていた。根来衆の火縄銃の数が多かろうとも、二万の大軍を殲滅できるほどの数はない。


 一方が鬼のような武将に崩され、他方面も人の波に飲み込まれるように、その数を減らしていった。第一次の合戦では敵を寄せ付けない働きを見せた根来衆の火縄銃であるが、飛び道具の宿命である距離を詰められると何も出来ないという弱点からは逃れられなかった。


 火力に違わぬ損害を与えたものの、肉の壁となって押し寄せる敵になす術なく、優れた技術を持つ銃手は命を散らした。それとは逆に有能な道具は三好軍の手に渡り、今後は三好軍の敵に対して、その能力を発揮しいていくのだった。



 根来衆に火縄銃対策として、肉の壁ともいうべき苦肉の策にて突破した三好軍。その中で武勇でもって打開した男。十河一存。

 鬼十河の名に相応しい働きを見せ、長兄の三好長慶は頼もしい存在に感謝すると共に、畿内の不安定さに眉を顰める。

 畿内で激しくなる戦いに彼の武勇は欠かせない。和泉国岸和田城を任せているが、もう一手欲しい。

 信の置ける人間は自身の兄弟と松永久秀、内藤 宗勝(松永 長頼)の兄弟くらいか。


 次兄の三好実休は十河一存を畿内に配したことで、四国の取りまとめ役となっている。残るは安宅冬康だが、こちらは海路の要衝である淡路島を押さえている。

 松永久秀は大和方面軍の総大将。弟の内藤宗勝は丹波国の支配に手一杯。


 手駒が足らないとなれば、重要度によって取捨選択をするしかない。無難な手は三好実休を畿内の要衝に配すること。四国は畿内ほど荒れておらず、親族衆の誰かに任せても反乱などの大きな問題は起きにくい。かといって、四国勢は三好家の地盤であり、家を支える力である。


 拙速に事を運んでは、畿内の戦力補強を狙って、四国の力が削がれるということになりかねない。海を挟んだ畿内で活動できるのは、裏付けとなる確固たる力があるからだ。つまりは阿波国や讃岐国のような四国勢のおかげなのである。


 結論、準備は進めるが、すぐにどうこうできる問題ではないということ。

 とりあえず、安見宗房の居城である飯盛山城を落とし、自分が畿内に睨みを利かせる。それしか出来ることはなかった。


 幸いにして、飯盛山城は山城国、摂津国、大和国と畿内の勢力圏に睨みを利かせるには格好の場所にある。将軍の相手は予定通り嫡男の義興に任せ、家督を譲る。三好家全体の舵取りは長慶自身が取れば、実休がおらずとも何とかなるだろう。そういう読みだった。


 それとは別に三好実休には、畿内への配置転換を打診しておく。摂津国、和泉国、河内国や大和国といった畿内を安定させるために制圧しなければならない場所は多い。近いうちに呼び寄せることになる。



 長兄で三好本家の惣領である三好長慶にそう伝えられた三好実休は、兄の力になれると喜び勇んだ。彼の腹心である篠原長房も、主君の気持ちに感応していた。


 しかしながら、その報に喜ばぬ者もいる。もう一人の腹心、篠原実長(自遁)である。彼の心情は、彼の漏らした一言に尽きる。


「せっかく四国の主となれたのに、畿内へ配置転換とは。これではまた十河一存の後塵を拝することになる。四男の癖に邪魔な奴だ」


 十河一存は、かつて四国勢の差配をしていた。三好家が和泉国岸和田城を落としてからは、そちらに配され、畿内の戦場を駆け回っている。三好実休はその後釜で四国勢を差配することになったのだ。三好家にとって四国勢を統括すること、すなわち本貫の地を任されるというのは特別なことである。政治の中心が畿内であろうとも、それは変わらない。


 畿内の一城を預かるよりも、本貫の地を差配していることの方が三好家内での影響力は大きい。長慶からの報は、その影響力を喪失させ、再び十河一存の後釜に据えられるかのような扱いである。三好兄弟の次男でありながらも、長慶、一存で実休と常に三番手となる。


 篠原実長(自遁)にはそれが許せないようだった。

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