第百三十九話 明かされた事実

「明智殿をお連れしました」

「入れ」


 廊下より藤孝くんの声がかかり、ついに念願の明智光秀さんとの対面のお時間である。最近、超有名どころに会ってばかりで耐性が付いたかと思ったが、全然そんなこと無かった。心臓バクバクである。


 藤孝くんに連れられて、入室してきた明智さん。思っていたより年上だった。見た感じ和田さんと同年代か。他にも和田さんに似ているところがある。幕臣の中でも二人とも服が地味だ。

 今日は急な呼び出しだったこともあるけど、麻の着物で色柄も地味。松永さんのように垢抜けた感じもない。寡黙で渋い。現代ならバーテンダーをやっていそうな印象。


……観察しているうちに少し落ち着いてきたな。


 よく見ると、袖には皺が寄っていて、何かの作業中だったのかもしれない。雑務も真面目にこなすと聞いているから、人足と一緒になって働いていたんだろう。

 俺だから、明智光秀さんの凄さを知っているが、今は無名。元々は幕府軍の足軽衆の一人に居たんだよな。なんでうちに居たんだ?


「この者、美濃国明智庄の出身で名を明智光秀と申しまする。上様の側仕えとして、この細川藤孝が推挙致しまする。明智殿、御挨拶を」

「明智光秀にございまする。細川様の御顔を汚さぬよう身を粉にして働きまする。何なりとお申し付けくださいませ」

「藤孝には長いこと世話してもらっている。それ以外にも任せていることも増えてな。明智殿には側仕えとして身の回り世話を頼む」


「私に敬称など不要にございまする。“おい”や“そこの者”とでもお呼びくだされ」


 いやいや、いくら何でも明智光秀さんを“おい”なんて呼べないよ。そう思っていると藤孝くんがすかさずフォローを入れる。こういう時の阿吽の呼吸、さすがイケメン。


「明智殿、上様はそのような御方ではありませんよ」


 そうそう。そうなんですよ。


「非公式の場では、藤孝くんとお呼びくださるのですよ。そのように名を呼ばれるのは私だけなのです。それが私には密かな誇りなのですよ」


 こら、煽るでない。確かに下の名前をくん呼びしているのは藤孝くんだけだけども。いや、最近は義興くんも呼んでるな。今のうちに訂正すべきか……。


「なんと! 上様のご寵愛を一身に受けるとそのような呼び方に。私も光秀くんとお呼びいただけるように精進致します」

「精進しなくて良いから! 仲良くなればそのうち呼ぶだろうし。ねっ。光秀くんとか義興くんとかさ」


「仲良くですか……」


 なんか変な雰囲気になっている気がする。寵愛だとか不穏な言葉のせいで、仲良くという言葉すら違う意味に聞こえてしまう。


 変な方向に進む会話に困っている俺を見て、くすくすと笑っている藤孝くん。


「冗談ですよ。明智殿、上様も緊張は解れたようですね。上様は御側室となられる予定の女性に御執心ですから言葉以上に深い意味はありませんよ」

「左様に御座いましたか。安心しました。上様は女子も大事にされる御方なのですね」


「ええ、私が入る余地もないくらいに」


 それ冗談ですよね! さっきそう言ってましたもんね!


「私も妻一筋ですから勝手ながらに親近感が湧いてしまいます」

「へぇー、明智さんって奥さんを大事にしてるんだ。俺も親近感が湧くよ」


「私の場合は苦労をかけっぱなしでして。それでも文句一つ言わずについてきてくれました。頭が上がりませんよ」

「そうなの? 明智さんって美濃国守護家 土岐氏の支族でしょ?」


「一応は。私は斎藤家に仕えていたものの、斎藤家内で父子の対立があったのです。私は先の当主である道三様に目をかけていただいておりましたので、道三様にお味方しました。しかしながら、道三様は敗れ、我が明智城も敵方の手に渡ってしまいました。それからは人目を忍び、移動を続け、再仕官すべく越前を目指しておったのですが、母が若狭武田家の出にて、少し回り道をして挨拶していきたいと言い出したのです」


「えっ?! 明智さんのお母さんって若狭武田家の人なの?」

「はい。現当主の義統様の妹に当たります」


「義統さんは俺の妹が嫁いでいるから義理の弟に当たるんだよ! とすると明智さんは俺の親戚ってことか!」


 俺の妹の旦那の妹の息子が明智光秀と。繋がりは分かったけど、ややこしい。続柄は何になるんだ?


「僭越ながら上様のおっしゃる通りにこざいます。そして、幕府軍に参加することになったのも、その縁があったからに御座います」

「どういうこと? 縁があったなら足軽衆じゃなくてもっと良い待遇があったでしょ?」


「まず足軽衆になったのは、裸一貫で腕試しをしてみたかったのです。血縁で優遇されるのではなく自分の力で運命を切り拓きたいと。そして縁とは、武田義統様に母が仕官話をしたのがキッカケのことでした。義統様は若狭国での仕官も良いが、義兄に当たる上様が兵を募っている。紹介状を書くからそちらに行けば、幕臣となれると進めて下さったのです。紹介状は断ったのですが、理由は先ほどお話しした通りです」

「なるほどねぇ。義弟殿がこっちへ。確かにあの時は三好家と対峙するために募兵していたもんな」


 多分、義弟殿の命の危機を救ったことがあるから、その恩返しという意味もあるんだろう。それを知っているのは朽木谷メンバーだけだから言えないだろうけどさ。

 若狭国は兵の数が多くないのに、三好家との戦に援軍を送ってくれていた。何から何まで感謝しきれないな。まさかその中に明智光秀が紛れ込んでいるとは思いもしなかった。彼だけでも貰い過ぎな気がするよ。


「ご縁とは不思議なもので流浪の旅から幕臣へと取り立ていただけました。それもあって、最初の話に戻りますが、妻や母を置いて戦陣で一年。上様が京に凱旋することになって、落ち着いたので、やっと呼び寄せることが出来ました。母の実家とはいえ、見知らぬ土地でほったらかしにしてしまい反省しているのです」

「あの戦は長かったからね。ちなみに奥さんには、どうやってご機嫌を取ったのかな?」


「ご機嫌など取りませんよ。真心を込めて接するだけです。妻も武家の嫁。戦に出ることを咎めなどしません。ただ私の身を案じてくれているのです。だから機嫌を取ろうなどと考えず、こちらも誠実に向き合えば良いのです」

「ふ、深い……。藤孝くん、楓さんにもそれ通用するかな?」

「さあて。それは義輝様の日頃の行いによるのではないですか?」


「そう言われると自信が無いな」

「上様は大事になされているのですから大丈夫ですよ」


 明智さんの全幅の信頼が今は重い。


「そうだと良いんだけど……」

「さあ、明智殿。後は義輝様と楓殿に任せましょう。我らは、婚儀の準備をせねば」


「えっ? もう?」

「ええ。忍者営業部の者から連絡がありました。合戦は三好家の勝利。首魁の居城である飯盛山城を囲んだと。それを見届けた三好殿は帰京なさるそうです」


 まだ猶予があると思っていたら、全然無かった。

 有言実行。長慶さん、流石です。

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