第百四十話 熟練の戦国大名

永禄二年 長月(1559年9月)大安吉日

山城国 二条御所



 戦場帰りながらも、荒々しい空気を微塵も残さず、正装に身を包んでいる。争い事とは無縁とでも言わんばかりの様子に熟練の戦国武将の凄みを感じた。


「本日は御婚儀おめでとうございまする。儀式が始まってしまえば、ゆっくりお話も出来ないでしょうから、準備にお忙しいところでお時間を頂いてしまいました」

「いや、儂に出来ることなどない。邪魔にならぬよう座っているしかないからな。良い退屈凌ぎになった」


「それは重畳。私めにもお役に立てることがありましたか」

「何を言っておる。この二条御所も長慶殿のおかげではないか。長慶殿は戦に行っていたのでお披露目には出席してもらえなかったのが残念だ」


「いえいえ。私めなどがおりましてもお邪魔でしょう。名代で義興が参加させていただきましたので、それで十分にございます。義興とは仲良くしていただいているようで、上様との酒宴以来、精力的に政務に取り組んでおりますよ。それはそうと、私めの都合により上様の婚儀が遅くなってしまい申し訳ございませんでした」

「いや、想定よりも早かった。もっと遅くても良かったのだがな」


 実質的に管領の立ち位置にいる長慶さんが出陣中ともなれば、無理に婚儀を進めようという声は上がらなかった。俺はそれに便乗して先送りするつもりだったんだけど、すぐに帰ってきてしまった。


「何を仰います。上様ともあろう御方が御正室がいないなど許されることではありませぬ。これ以上婚儀が遅れてはならぬと急いで帰って参りました次第」

「……戦には勝ったようだな」


 戦には勝ったようだが、大軍で間断なく攻め立てたようだった。数の少ない敵勢は、三好軍に確実なる損害を与えながらも、押し切られるように敗北。詰まるところ倒した兵よりも襲い掛かる兵が多かったという状況らしい。当然の結末のように壊滅したという。


 五千の松永久秀軍が負けてから、一月と経たずに二万を用意した三好軍の動員力と動員スピード。安見宗房に唆された和泉国の反乱軍は成す術もなく、いつの間にか包囲されていたらしい。敵勢は二千五百ほどだったという。


「はい。勝ちました」


「損害も多かったと聞いたが?」

「損害も大きゅうございましたな」


「その割に落ち着いているな?」

「勝つために必要な損害でしたので」


「勝つために沢山の兵が死ぬと分かっていたのだな」

「火縄銃を大量に備えた敵に対して、それしか有効な手立てはございませんでしたから。しかし、援軍として来ていた根来衆は根切(皆殺し)に致しました。これで脅威は消えたかと」


 敵勢二千五百のうち援軍に来ていた根来衆は八百ほど。首魁の国人衆を無視して根来衆を優先して潰したらしい。殺到する三好軍に銃弾を浴びせかけたものの、人の波に飲み込まれるように消えていった。それが今回の戦いにおける勝利を決定付けたようだ。


 後で聞いた俺からすれば、短期間で二万の兵を動員した時点で勝ちは決まっていたように思う。それだけに根切までするのは容赦ないなと感じてしまう。


「根切か。敵も味方も多くの者が死んだのだな」

「戦ですから」


「戦だからか。その言葉で済んでしまうのだな」

「済ますのですよ」


「儂には済ませられそうにない。やはり違うな。長慶殿は」

「勘違いなさいますな。何も感じぬようにしたところで根っこは変わっておりませぬ。人が死んで良い感情を抱くことなどございませぬよ」


「そういうものか」

「そういうものです」


 淡々とした語り口。敵味方数千の人命を失わせた総大将の口振くちぶりとは思えない。つい昨日まで、その戦陣にいたというのに。


「さて、晴れの舞台に血生臭い話は似合いませぬ。主役は花嫁を迎える準備をしなくては」

「そうだな。長慶さんが無事に帰って来られて良かった」


「……お心遣いありがとうございます。側仕えの松永久秀は安見何某を追って大和国に侵攻しておりますから、まだ帰ってこれませぬ。その内、戻ってきたら先程のように労っていただけますと幸甚にございます」

「わかった」


 恐らく長慶さんに言われなくても、戦帰りの松永さんを労うと思う。長慶さんもそれは分かっていると思っていたのだが、あえて念押しした意味は何なのだろうか。


 ※ ※ ※


 この時代の結婚式は、なかなか長い。全部で三日がかりの予定で組まれている。

 初日、午前のうちから近衛家に出迎え役を送る。そこから夕方になって出立。到着は暗くなる頃。

 花嫁を送り出すのにこんなに遅くなってしまうのは、親子の別れを惜しんでという意味合いがあるらしい。現代のように実家に帰ることは出来ず、今生の別れと言っても過言では無い。白無垢は死装束の意味合いも兼ねている。家を出て他家に嫁ぐ以上は、死ぬまで戻らないという考え方のようだ。


 迎え役を出したところで、すぐに来ないのは既定路線だが、新郎がのんべんだらりとしていられない。一応、いつでも迎えられるように正装して待ち受ける訳だ。


 しかし長い。時間があるので幕府の今後のこととか真面目なことを考えてみるが、どうしても思考は近衛の姫様に至ってしまう。

 実父の近衛稙家さんは、見た目はアレだし、性格もアレで行き遅れたのですがと力説していた。アレと濁していたのは優しさだと思うが、特に良いところを告げるでもなくフォローしないまま、嫁に貰ってくれとお願いだけして帰っていった。


 うーむ。見た目がアレというのは別に良い。そもそも、俺には楓さんがいるし。

 しかし性格がアレというのは気になる。性格に難があるとしても、その方向性的に許せないものもある。他者を貶めるような性格だったらどうしよう。


 楓さんには正室も大事にすると約束したけど、そういう性格だったら大事に出来る自信が無いな。うーむ、気になる。この待ち時間が途轍もなく長い。

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