第百三十六話 時代の変わり目

 二日目の戦いは、三好軍がみすぼらしい野戦陣地に四方から押し寄せることで始まった。今回の出征では、三好軍は総勢五千。初日の損害で死者・重傷者合わせて兵百ほどが戦線を離脱したが、大半は無傷である。


 そこで、総大将の松永久秀率いる本隊二千は後方に、残る三千は分散し東西南北それぞれの方面を担当する。一方向は七百五十。砦とも呼べぬ柵ばかりの平地の野戦陣地。規模の大きさからして一方向の攻撃だけでも落ちかねない。


 陣地の防御力、兵数、それらを補って余りある物が配備されていた。それにより、この小さな野戦陣地は、落ちる素振りさえ見せなかった。


 攻め寄せる摂津勢は、えい・おう! えい・おう! と掛け声をかけながら、一歩一歩近づいていく。まるで、その圧力が敵の鉛玉すら押し返すとでも思い込んでいるようだ。


 総大将の松永ですら鼻白んだ様子でそれを眺める。昨夜の彼の言では、火縄銃の鉛玉は木楯では防げないらしい。しかしながら、それに身を隠し攻め寄せる摂津勢にそのような不安の色はない。何か秘策があるのだろうか。


 よくよく見れば、彼らの持つ木楯は二重になっており重たそうだ。歩みの遅さはここから来ているのかもしれない。




 野戦陣地は不気味な静けさを保っている。歩みの遅い敵に罵声を浴びせる訳でもなく、ただただ近寄って来るのを待っている。それは近寄ることを許容しているようにしか見えなかった。


 摂津勢が敵方の野戦陣地まで、あと四十歩というところで火縄銃が柵から突き出される。

 初日と違うのは、攻め寄せる摂津勢が四方から寄せてきているということ。摂津勢の読みでは、四方から攻めることで火縄銃の弾幕を薄められるというものだった。


 果たして、その結果は――――正面には初日と変わらぬ数の火縄銃の銃口。正面を担当する池田長正勢は木楯が効果を発揮せねば、初日の二の舞になるであろう。

 そして左右に後方は、正面と同じ数の銃口が敵に狙いを付けている。儚くも、摂津勢の読みは、いや、この結果から彼らの希望は打ち破られたことになる。


 そしてもう一つの読み。木楯による防御。その結果は柵まで三十歩になったことで明らかとなる。指揮官の掛け声がないままに、一斉射。引き金が引かれるまでの静けさと、引かれた後の轟音。やけにくっきりしたその音は、摂津勢の足軽の命を奪っていった。木楯を持っていた足軽は楯と共に倒れ、運悪くその足軽からずれて進んでいた二列目の足軽たちにも弾丸が届いてしまった。


 突如視界の開けた摂津勢。木楯が視界を塞いでしまうことになりながらも、身の安全と引き換えだと聞いて、逸る気持ちを抑えて、ゆっくりと進んでいた。それなのに何故か開けてしまった視界。それが意味することは、二つ目の読みである木楯が通用しなかったということ。そして、次に放たれる銃弾を受け止めるのは、自分の身であるということだった。


 あまりの出来事に、ゆったりした歩みすら止めてしまった摂津勢。そのままでは危険極まりないのだが、柵から突き出された筒が引かれた。それは慈悲などではなく、次なる射撃のための準備。僧体の兵の作業に淀みはなく、摂津勢が立ち直る前に銃口は柵の外へと出された。


 その後は、初撃と同様。静かに火蓋が切られ、火縄は落ちる。鳴り響く銃声。倒れるおびただしい兵。当然のように三射目の準備に取り掛かる敵勢。


 この段階で、寄せ手の二割以上は倒れた。弓矢のように飛んでくる様は見えず、音がするたびに倒れる味方。摂津勢の足軽はこの状況に怯えて逃げ腰になるか、恐怖のあまり無謀にも襲い掛かるかしか出来なかった。


 まばらに駆け寄る摂津勢。敵方の火縄銃は、それに合わせるかのようにまばらに鳴り響く。そして倒れる摂津勢。止まっていようが進もうが、結果は同じ。目に見えぬ、大きな音によって命を奪われる。


 摂津勢の指揮官は未知なる兵器の威力に決断が下せずにいた。しかし、足軽が行動を起こす。前方で惨状を目の当たりにした足軽が逃げ出すと、その尋常でない様子を察した後方の足軽も同じように逃げだした。


 人の波が指揮官すら押し流す。戦うように声をあげようとも、勢いに乗った人の流れに逆らうことは出来ず、ズルズルと下がっていった。ある方面では指揮官から逃げ出し、後を追うように足軽が逃げている。どちらにしても摂津勢は壊走した。


 常勝三好軍の見る影もなく、ただひたすらに自分の命を守るために走る。足軽たちは我先にと仲間を押しのけ、馬はその足軽を跳ね飛ばす。一度下がって陣を組み直す

など不可能に思えるほど、三々五々に逃げていった。



 それを眺めていた総大将の松永久秀は、咎める訳でもなく、感心するように敵勢に視線を送っていた。


「根来衆は火縄銃をあそこまで揃えているか。おおよそ一千はいたのではないか。少なくとも五百は固い。そして、その誰もが一流の腕前。これは敵わん訳だ」


 味方の敗走に慌ただしくなる本陣。

 その雰囲気の中で一人冷静な総大将は思案を続ける。


「そもそも戦い方が変わってしまっているではないか。いずれ旧来の戦い方では限界が来る。しかと殿にご報告せねば」

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