第百三十七話 不恰好な戦い方
永禄二年 皐月(1559年5月)
摂津国 芥川山城
「という次第にて、お預かりした兵を失う結果となり申した」
「お前の顔は言葉ほど殊勝ではないぞ?」
普段と違い馬鹿丁寧な言葉使いで先日の戦の報告した松永久秀。報告の受け手である三好長慶は、その言葉使いと見合わぬ表情を指摘していた。
「滅相もない。一千以上の死傷者を出してしまった総大将の責任をひしひしと感じております」
「ならば堂々と帰ってくるな。まったく、戯れはもう良い。して、目の前で見て来たお主の所感は?」
「時代が変わる音を聞きました」
「火縄銃の銃声が時代の変わる音か。風情のないことよ」
「敵の倒し方にも風情はありませんでしたな。火縄銃では誰が撃ったか分かりませんから」
「弾に名でも書かせておくか?」
「殿の洒落にも風情がありませんな。似合わぬことは御止めになった方が宜しいかと」
「言うではないか。お主のように雅な性格ではないのでな」
「それはお会いした時から分かってましたよ。話は戻りますが、火縄銃の欠点は数多くあれど、それを補って余りある兵器でした。あれを名手が放てば恐ろしい。避けることは能わず、弾が外れることを祈るのみにて」
「その名手が千人か。一斉射で数百の兵が死ぬな。そして敵は無傷だ」
今までの戦なら、猛者を多く揃えようとも敵とぶつかれば損害が出た。相手も必死に武器を振り回すのだから、それも当然というもの。戦に出て無傷でいられることは珍しいことなのだ。
だが、今回は違った。損害は一方のみ。
二度の攻めを繰り返した三好軍は、根来衆に損害を与えられていない。対して三好軍の損害は一千に及ぶという。
火縄銃が永続的に撃ち続けられると仮定すると、どれだけ兵を揃えようとも無意味になる。現実問題、そのようなことは起きないが、型に嵌ると今回のような一方的な負け戦となる。
「仰る通り。一方的な戦いとなりまする」
「で、どうする?」
三好長慶の質問は端的である。しかし本質でもある。
敵の狙いの型に嵌れば負ける。だからこそ敵の型を崩さなければならない。
その方策を考えることこそ、総大将の役目と言えるだろう。
「まずは楯を改良すること。これに尽きまする。槍が届く距離まで近づけなければ何も出来ませぬ」
「木楯は役に立たぬ。甲冑すら撃ち抜くのだから鉄を張ったところで無駄であろうな。火縄銃か。最初に見た時は威力はあれど珍奇な武器程度にしか思わなんだ。数を揃えるとここまで強力とはな」
「それは誰もが思うことでしょう。弾薬は高価で火縄銃自体も高いとくれば、数を揃えようなどと考える酔狂な者はいませんよ」
「それが今回の結果だ。まばらに飛んでくる弾ならば不運で済ませられるが、数百の火縄銃が筒先を揃えて弾を放てば必殺であるな。誰もその前に立ちたいとは思わぬであろう」
「まさしく。ですから、せめて数発でも凌げる楯を用意せねば」
「そうだの。それは任せる。それで喫緊の話だが、安見勢と根来衆を打ち払うにはどうする」
「不格好な形になりますが……」
「恰好など、勝てるのであればどうでも良い」
三好長慶に限らず、政治に優れた者たちは、格好や体面よりも勝ちなどの成果を得ようとする。面子を重要視する武士には珍しいタイプである。戦国大名として名を残した人物にはこのタイプが多いことからも、大成するには必要な才能なのかもしれない。
主君である三好長慶はもちろんのこと、腹心の部下である松永久秀も同類だろう。負けると分かっていながらも、打開策のために道化を演じて味方を戦場に送り出す。
そして、その結果を悪びれることもなく、主君へと報告する行動。敗将というレッテルを気にせず必要な情報を収集する松永久秀。それを理解して受け止める三好長慶。
「敵方に火縄銃が多いとはいえ、どれだけ多く見積もっても一千。一斉射で倒せるのも多くて一千。火縄銃の欠点である連射が出来ないことを考慮に入れますと、一万の兵がいれば押し包んで殲滅できるでしょうな」
「それしかあるまいな。楯の開発を待っている訳にはいかん。和泉国の反乱は早々に沈めねばならぬとなれば、兵数で押し切るのみ。一万と言わず二万を連れていく。儂も直々に出るぞ。一気に片を付ける」
「一応、根来衆を味方に付けるという手もありますぞ?」
「時間がかかりすぎる。それにこちらに付くとも限らん」
「では損害覚悟で殲滅すると」
「ああ、火縄銃の名手を生かしておけば、次なる被害を生む。根来衆も一千の名手を失えば、傷も大きかろう。きっちり包囲してから殲滅する。半数くらいは火縄銃を鹵獲できるやもしれんしな」
脅威となる根来衆の熟練者を殲滅し、敵の弱体化を狙い、持ち主がいなくなった火縄銃を鹵獲することで自軍を強化する。戦は金がかかる。目的を達成しながらも、軍事費の補填も狙うとは、為政者の考えとは恐ろしいものだ。
「三好軍にも大量の火縄銃を配備しますか?」
「身を持って効果を知ったのだ。使わぬ理由はあるまい」
「運用に頭を抱えそうですな。本国の頭の固い連中は武士らしからぬと嫌がりそうですし」
「それは今に始まったことではあるまい。折衷案で軽輩の者に使わせてみるとしよう」
勝ちを疑わぬ三好長慶と松永久秀。彼らには、その戦いで命を落とすことになる味方の兵のことも、殲滅戦により皆殺しになるであろう根来衆のことも気にしていなかった。
そう、どのような人間にも人と人のつながりがあるということすらも。
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