室町武将史 山椒のような文化人 其の二

幕間 石田正継 伝 仕事の重みと自身の重み

 子が生まれた。

 石田庄にいた頃には、いくら励んでも出来なかったというのに。

 むしろ幕府での仕事を任されるようになってからの方が、忙しく家に帰れないことが多い。


 それなのに、である。不思議なものだ。

 小さな土地を守るために汲々とし、その土地を引き継がせるべく子を求めていた時には恵まれず、仕事にやりがいを見出し夢中になっている時に子が出来た。

 正直、家を継がせねばなどと考えてもおらず、自分の才覚を発揮できる仕事がこれほどまでに楽しいのか。それしか考えていなかった。


 それもこれも心の持ちようなのかもしれない。

 まだ子は小さいため今後成長するまで予断は許されないが、既に齢二つ。紛うことなき石田家の男児である。

 さらに喜ばしいことに、奥が懐妊している節が見受けられる。二人目も男児が得られれば石田家も安泰。望外の喜びといえる。


 されど、そこまで望んでしまって良いのか、こんなにも恵まれた生活をしていて良いのか、時折不安になる。やりがいのある仕事、幕臣という地侍には過分な立場。従える部下は、石田の庄の領民よりも多い。何より、目も眩むような多額の資金を動かし、それを上回る利益を得る。金額が大きすぎて現実感がない。そのおかけで邪な気持ちを持たずにお役目に邁進出来ているという側面も否めない。


 かつては、先行きの見えない生活に不安を覚えていたが、順風満帆の生活にも落とし穴があるのではと不安を覚える。どうやっても気苦労の絶えない性分のようだ。




 表向き平和だった朽木谷の生活は突如終わりを告げた。

 上様は六角家に促され、三好家との合戦に出陣する決断をなされた。


 その決断は、昨今の情勢を見るに妥当では合ったが、遅きに失した感は拭えない。

 悪いことに上様が主導ではなく、六角家が主導となる。今までの六角家の政を見ると決断が遅く、事なかれ主義となることが多かった。


 それもこれも六角家の重臣六家の力が強いことが影響している。

 六角定頼様がご存命だった頃には、重臣六家を上手く差配されており、各家の力をいかんなく発揮しておられた。その結果、京にまで影響力を有するに至り、管領代の役職を拝命。義輝様の烏帽子親まで務められたものだ。


 近年では、その頃が六角家の絶頂だったように思う。

 天文二十一年に定頼様が亡くなると、嫡男の義賢様は独自色を出し始めた。元々、共同統治という形で定頼様とやっていたが、時間が経つとともに義賢様ご自身のやり方というものに固執してきたようだった。


 しかしながら、中興の祖とも言うべき定頼様のやり方から離れることは、六角家の弱体化を招く結果となる。次第に、重臣六家を上手く差配することも出来ず、気の合う重臣ばかりを重用していた。

 その結果、重臣六家同士での対立、足の引っ張り合いが顕在化することとなり、意思決定が中々進まず、京への影響力を失っていった。



 戦の役に立たない私からすれば、上様の安全を願うしかないのだが、驚くことに更なる仕事が割り振られた。兵站部隊の指揮である。


 上様は、忍者営業部の差配の延長みたいなものだからと軽く言われておったが、重要度は比ぶべくもない。

 戦の主目的が食料を得るためであることからも鑑みれば、兵糧を滞りなく運ぶということがどれだけ大変か。敵方の兵はもちろんのこと、農民ですら大量の食糧を前にすれば野盗と化す。

 適切な量を適切な時期に運び込むだけでなく、安全な行軍路を策定して、少ない守備兵をうまく運用し確実に運ばねばならない。


 幸いにして、幕府軍の歩みはゆったりしたものであり、六角家の勢力圏に滞在したこともあって大きな苦労はなかった。

 それと並行して忍者営業部の商いを維持することにいくらか骨が折れた程度だ。


 忍者営業部は大きくなった。甲賀、伊賀にどれだけの忍びがいるのか知らぬが、これだけの数の組織は類を見ないだろう。上様は、忍び衆らしい名を付けず不思議に思う。噂に聞く関東の風魔や越後の軒猿など、相応の名を関する忍び衆は津々浦々存在している。


 幕府軍にしても、歩兵隊や銃兵隊のように名を付けておられるのにと思わぬでもない。忍者営業部はどちらかというと世に出せない組織名でもある。そのせいで、忍びの者たちは、もっぱら清家せいけと名乗るようになっていた。

 それにより行商や小商いにつく忍者営業部は、清家屋という謎の新興商家と見做されている。


 この清家屋。全国各地で巨大な資金力を背景に物産を買い付け、運んできた遠方の物産を売り払う商家。

 しかし、その姿をはっきり認識できている者はおらず、目端の利く大商家は警戒感を露にしているらしい。そこに火縄銃の販売まで始めたものだから、大陸(みん)の商家の出店ではないかという噂まで出ている。


 名が売れるのは良いことだが、大商家の警戒は悪い方へと影響した。

 大口の取引がしにくいのだ。得体の知れぬ商家と大口取引をしてくれる大商家はおらず、その座を狙う中堅商家が危険を顧みずに取引に応じる。


 大商家の主人に、清家屋の番頭は近江国の地侍だと言ったところで納得してくれんだろうなぁ。説明するたびに驚く顔を見られそうで、思わず頬が緩む。


 忍者営業部と取引したところで危険は無いのだがなと思わずにはいられないが、取引相手が中堅であるため、取引量も大きくならない。それが問題だ。


「これから大きくなる商家を見定めて育てていくしかないか……」


 忙しいながらも問題を解決する糸口として検討していた腹案を口にする。


 ちょうど京にいる新興商家の一人は店主は才気溢れる商人だ。なる外つ国の神を信仰する風変わりな男なので、周囲から少し浮いているのも助かる。強い協力関係を結ぶには丁度良いだろう。


「良い男なのだがな。会うたびに勧誘してくるのだけは勘弁だ。外つ国であろうと日ノ本であろうと儂は宗教にかまけている暇は無いのだからな」


 むしろ、こちらの大口の仕事を請け負わせるべく勧誘してやろうかと思わぬでもない。

 神への信心の勧誘の返しに、商いの勧誘をしたら、あの男はどういう反応をするのだろうな。

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