【王】失敗と成功

第百三十一話 気になりだすと止まらない

 信長さんとの会談は大失敗だったように思う。

 考え方が違うにしても、もう少し寄り添って上手くやって行けたようにも思う。


 あそこまではっきり決裂しなければ、緩やかな協力関係だって築けたかもしれないのだし。織田家が尾張国で力をつけるのは間違いないのだ。そこが協力関係になるか敵対関係になるのかは全く違う。


 もしかしたら敵にはならないかもしれない。利害関係だけの同盟もあるかもしれない。


 だけど、背中を預けられる関係ではないのは明らかだ。この時代の同盟相手にそこまで信頼するのもどうかと思わないでもない。でも俺だけで長く続いた戦乱の世を終わらせるなんて壮大な夢を実現できる自信がない。


 力のある大名の協力が必要不可欠なんだ。


 力のあるという条件からすれば信長さんは適任だ。考え方も柔軟で、固定観念に捉われない。考えれば考えるほど適任。


 俺の味方である幕臣の人たちは優秀だけど慣習という枠に囚われている。どうしても発想は幕府という仕組みを前提にしてしまう。

 ここは出自や立場を考えれば仕方のないかもしれない。


 信長さんは美濃国を取れば、すぐにでも京を押さえられると言っていた。

 確か史実でも有言実行だった気がする。でも障害がいくつかあって、それで計画が遅れこそすれど、結局はやり切ってしまう。そんな人だったはずだ。決裂するには惜しすぎる。


 そういえば、織田信長を語るうえで避けて通れない『桶狭間の戦い』はどうなっているんだ? 確か今川さんも生きているし、激しく戦い合ったとも聞いていない。となると、これから起こる?


 西暦だと覚えているけど、和暦に換算できないんだよな、俺。中途半端な知識じゃ役に立たないよ。


 仮にこれから『桶狭間の戦い』が起こるとして、俺はどうするべきだ?

 今川家の味方をするか、織田家の味方をするか。どっちの選択肢を取っても歴史は変わるんだろうな。そもそも俺が好き勝手やっているから、歴史は変わってしまっているのだろうけど。そうだとしても、俺に知識がないせいで、今どれだけズレてしまっているのかもわからない。


 既に変わってしまっているのであれば、『桶狭間の戦い』に口出しして変化を起こしても問題ないのかもしれない。

 

 ……要は俺の気持ち次第ってところか。



 織田家に加担する。歴史の通りに動くのなら形勢不利だった織田家が勝つ。そこに加担していれば、信長さんに恩を売れるだろう。そうなれば、もしかしたら別の形で協調していけるかもしれない。



 今川家に加担する。歴史を変えてしまうかもしれない。なんとなく、そんな大それたことをして良いのか不安になる。結果を知らない今川家の人たちからすれば、将軍家がアドバイスしたところで自力で勝てたと思うのだろうな。感謝されないどころか余計な口出しをされたくらいにしか思われない。それより迷惑がられるかも。


 ――これって、どっちが勝っても、勝った方が大大名化するんだな。今川家は遠・駿の二か国に尾張国を併呑。どこまで勢力を拡大するか分からないけど、そこまで大きくなって、織田家の武将も吸収したら手に負えなくなりそうだ。


 しかも今川家は足利家一門の中でも名門扱いだけど、今川義元さんが追加した今川仮名目録では、幕府の決めたことを否定している。つまり、足利幕府の指揮下から離れ、独立独歩を宣言したことになる。なので、今川家が巨大になっても幕府にとっては嬉しくないし、ただ離れただけではなく、幕府に取って代わる気かもしれない。血筋ではそれが出来てしまう。今川家が足利家の代わりとなるだけだ。


 逆に織田家が歴史通り勝つと、織田家の隆盛が始まる。信長さんの目指す未来と俺の目指す未来。ゴールは一緒でもルートが違う。きっとどこかで衝突してしまう気がする。


 どっちが勝っても良いことないな。それならせめて信長さんに協力しておいた方が得なのか。いやいや、そもそも得か損かで肩入れしても良いのだろうか。どっちかに肩入れするということは、どっちかを見捨てることになる訳で……。顔を合わせた以上、信長さんを見捨てることなんて出来ないし。


 それに、あの『桶狭間の戦い』は奇跡的な条件などが重なって成立したらしい。一日でもズレれば雨が降らなかったかもしれない。そうなったら奇襲が成功しなかったかもしれない。つまりは、ちょっとでも歴史外の動きをすると信長さんが負けるかもしれないんだよな。


 うーん、結論が出ない。というより動いたら信長さんが負けるかもしれないと思うと動きにくい。保留にするしかないか。



 そうだ。今日はある意味、関係者ともいえる人が来たんだった。

 美濃国守護代 一色義龍さん。斎藤道三の息子なのに斎藤じゃないって不思議だなって思ったのが第一印象。俺よりも大柄で毛むくじゃら。


 元々、斎藤姓だったけど母親の姓を名乗りたいってことだった。美濃国守護の土岐氏も一色氏と縁が濃かったのもあって、問題なかろうということで改姓。ちゃんと幕府の許可があっての改姓である。つまり俺が許可したわけなんだけども、あの有名な斎藤道三の息子さんだから、何となく斎藤義龍の方がしっくりくる気がするんだよ。


 どうも、父を殺してしまった汚名を返上して、実の父と噂されている美濃国守護 土岐頼芸ときよりのりの土岐姓を名乗りたかったらしい。しかし土岐頼芸が承諾しなかったので、母方の一色を名乗ることにしたというのが真相のようだ。


 この時代だと遺伝子検査なんてないから、はっきりしないんだよな。実の父親が誰かという疑念で、道三=義龍ラインは上手くいってなかったらしい。こういうのって疑問に思ってしまったら、どんどん膨らんでいってしまうんだよなぁ。


 なお、その一色義龍さんだけども、今回は改姓の許可と治部大輔任官の御礼ってことで上洛してきたようだった。こっちとしては手紙の件もあったし、謝礼も頂けたのでありがたい限りでした。


 しかしながら、信長さんとバチバチにやり合っている一色義龍さん。自家に優利になるように取り計らってほしいという要望が出たが、今の幕府に出来ることはないと断るしかなかった。俺の心情は別にして、実際に出来ることはないもんでね。



 後で聞いた話だが、京からの帰りには、六角家にも立ち寄り同盟の提案をしていったらしい。さすが戦国大名。タダでは転ばない。


 俺もこういう強かさをもっと学ばなきゃいけないんだよなぁ。

 顔見知りだから見捨てられないなんて、甘いことばっかり言ってられなくなる日が来てしまう。そんな予感がする。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る