第百三十話 それぞれの描く未来

「噂に違わぬ御器量。では、田舎者の土産話にお聞かせ願いたい。上様は、今の乱れた世をどう思われるのですか?」


 信長さんから問いかけられた内容。

 不敬この上ない質問なのだが、長慶さんと同じ匂いのする彼からの質問。もしかしたら、誠心誠意応えることで、俺の理想とする世を作るために味方になってくれるかもしれない。

 そんな期待を込めて、飾らず話すことにした。


「まず将軍である儂に原因がある」

「お認めになると?」


「儂が認める認めないではない。事実である」

「それはまた……」


 頭脳明晰な彼でもこの答えは想定外だったようだ。

 あまりにハッキリ言い切ったせいか言葉の継げない様子。主導権が握れるのであれば、そのまま話を進めてしまおう。


「そして諸大名や武士全般にも問題がある。幕府は守護大名すら統制することが出来ず、守護大名は領地で好き勝手やっておる。それ以外にも武士と名の付く者は、土地の奪い合いに躍起となり戦を繰り返し、民を蔑ろにしている。よって武士階級である全ての者に問題がある」

「このような世の中になった原因は、すべての武士のせいだと?」


「いや。原因は儂にある。すべての武士に問題があろうとも、責任は武家の棟梁たる儂にあるのだ。武家を統制できぬ将軍にな」

「素晴らしい心意気。それならば教えていただきたい。責があるならば、どうなさるのですか? 上様は将軍職を御継ぎになって十三年ほど。変わるどころかより酷くなっておりませんか?」


 ド正論だな。信長さんに言われると思わなかったが。やっぱり長慶さんと似ていて頭が良いし、回転が速い。そして、問題は俺にあると言わせて満足するようなタイプではない。


「それは事実だな。そして幕府に力がないことも事実だ。だからこそだ。少しずつ幕府に力をつけて乱れた世を治めるつもりである」


 こっちは真剣に話している。もちろん信長さんも真剣に聞いている。

 でも相手に響いていないと思う。それを表すように言葉が上滑りしていく。重ねれば重ねるほどに積み重なる焦り。その焦りは、更なる言葉を重ねさせる。


 しかし、それは意図したものと逆の効果を生む。


 色白の細面が能面のように見えた。

 興味を失っている。初対面の相手ですら明確に伝わる感情。

 今回の会談は明確な失敗を感じさせた。


「長きにわたり将軍家であった足利家らしい悠長さですな。悠久の時に生きる足利家にとっては、その間に消えゆく民も武家も路傍の石に過ぎませんか」

「そういうつもりは無い! しかし現実問題として出来ることと出来ないことがある」


 長慶さんにも指摘されたこと。自分でも気が付いていた矛盾。

 同年代の信長さんにハッキリと指摘され声を荒げてしまった。


「そうやっていつの間にやら時が過ぎると何も変わっておらぬ。それが今までのまつりごとでは?」

「かつての行いは否定できん。しかしこれからは違う。それは約束できる」


「かつての為政者も同じことを言っていなければ良いですな」

「儂はやる。過去は変えられぬが未来は変えられる。それではいかぬのか?」


「上様の想いは分かりますが、致命的な欠陥がございます」


 なんだろうか。こうまで自信満々に欠陥があるって言われると、無条件に受け入れてしまいそうな自分がいる。

 長慶さんもそうだけど、自分に自信がある人は言い切れる強さがあるんだよ。


 長慶さんなら年の功って言えるけど信長さんは、ほぼ同い年。年齢差は良い訳にならず、今までの生き方。それが人の深さ、自信を育てる。

 つまりは俺の生き方は、彼らに立ち向かえるほどのものではない。


 だから聞かずにはいられない。自信に満ちた彼の言葉を。


「なんだ?」

「今までの上様のご発言、どれもこれも、いつまでという時期を区切っておられませぬ。それではいつになっても実現しませぬ。私であれば! 尾張一国を掌握し、十年も経たずに美濃国を飲み込んでみせましょう。濃・尾二国の力があれば周辺大名を切り従え、五年もかけずに京を押さえられるでしょうな。さすれば、そう遅くないうちに戦乱の世を鎮めてみせましょう」


 熱く迸る彼の目。俺は彼から目を離せないでいる。

 その強い言葉に全てを投げ出して任せたくなる。歴史を知っているからじゃない。この自信、熱意。彼から発するエネルギーが人を惹きつける。


 彼こそリーダー。長慶さんとは違うが、正しくリーダーだ。

 道を指し示し、自ら駆け抜ける。彼に従うものは後を追わずにはいられない。

 彼と共に駆けられる喜びを胸に。少しでも近くを走られるようにと。



 でもね。これこそ歴史を知っているからこそ思うんだ。

 信長さん。貴方のやり方は、効果的で独創的だ。

 その分、変化は急激になり、変化についていけない人が出てくる。むしろ、ほとんどの人がついていけない。


 ついていけない人たちの大半は力のない民なんだよ。

 まともに勉強する機会も得られず、働いて働いて、その成果の半分を武士に持ってかれて、戦になれば虐げられる。


 そういう人たちがさ、安心して暮らせるようにするには、ゆっくり変えていく方が合ってると思う。もちろん平和にするのは最優先事項だけどさ。


 そうやって自分の考えを整理していくと信長さんとは相入れない部分が大きい。分かっちゃいたけど、ちょっぴり期待してたんだ。信長さんと力を合わせて早く平和な世を作れるかもって。


 そうして平和な世を作ったら、少しずつ制度の問題を是正していって、上手く幕府の運営ができるんじゃないかって。


 だけど一緒には歩めない。それが分かってしまった。残念だけど。

 アプローチの仕方が違いすぎるから。


 彼は時間をかければ穏便に進めていけることも、全部無視して思い描く未来を作り上げてしまう。でも俺はそれを許せない。余計な血を流す方法は取りたくないんだ。


「それは守護大名や他の領主を駆逐してであろう? 協調していけば無用な血は流れぬではないか」

「誰と協調するのです? 私の考えを理解できぬ凡人どもに一から理解させるのですか? そもそも他の守護大名がやらぬから私がやるのです。やらぬ凡人が邪魔するのであれば排除すれば宜しい」


 きっと俺には理解できないくらいに多くの検討を重ねたんだろう。

 低い家柄だったせいで、制度の弊害に悩まされていたかもしれない。

 たくさん歯痒い思いをして我慢しながらできることをしてきたんじゃないかって思う。


 だけど、その方法は許せないよ。


「今の守護大名には儂も思うところはある。いずれ変えていくつもりだ。それにそこまで急激に変化させては、ついていけぬ者もおるだろう」

「また“いずれ”ですか。いつまでも来ぬ“いずれ”を待っておっては私は老死するでしょう。そして後悔するのです。人任せにしたせいで世を変える機会を失ったと。そんな事になるくらいなら、ついてこれぬ者が出ようとも変革の意思のある私が変えるべきだったと」


 ふんっと声にならぬ声が出ている。俺に答えは生ぬるいようだ。

 呆れ返るような仕草。でも、その表情は悲しげだ。


「そして幕府を開くのか?」


 俺の言葉を聞いてゆっくりと項垂れる。

 重たそうに上げた顔には落胆の色が有り有りと出ている。


「いえ。幕府など興味はありませんな。私には絵図があり、意思がある。無いのは正当性。そして邪魔する者は正当性を有する者ども。だから排除する。それだけでございます」


 彼からの明確な拒絶。今回の会談は完全に失敗だ。

 これ以上言葉を重ねても良い方向にはいかないだろう。潮時だな。


「ふうむ。乱れた世を治めたいという願いは同じだ。しかし歩む道は違うようだ。共に手を携えれば、早く進むかと思ったが、ここまで違うと難しい。残念だ」

「私も御理解いただけず残念に御座いまする。田舎侍の戯言として御聞き流しくだされますよう御願い申し上げまする」


 立ち去る信長さん。

 ありありとした拒絶の姿勢を見て俺は思わず髪を掻き毟っていた。

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