第百二十九話 尾張半国 守護代の男

永禄二年 如月(1559年2月)

山城国 二条法華堂



 さてさて、今日は何とサプライズゲストにお越しいただいております!


 え~、この御方は、正月に送った挨拶に来てねのお手紙の反響一番手でして、尾張半国の守護代の家臣という家柄。何と何と、そこから他の一族と協力し合って尾張国を手中に収めるという快挙をね、成し遂げたわけですよ! 凄いですねー。


 さらに今回上洛にあたっては、兵五百を引き連れての行軍。力を見せつけてきますねー。幕府直轄軍と兵数がさほど変わらないですからね。やってられませんねー。


 それではご登場いただきましょう! 織田信長さんです!!



「織田信長にございまする」


 長い現実逃避をしていたが、事実は変わらなかった。


 目の前には、あの織田信長。

 色は白く、華奢。香西元成こうざい もとなりさんのように分かりやすい豪傑型の武将ではない。それなのに楓さんに通ずる切れ長の目。そこに宿る意志の強さ。


 彼の目を見ると、思わず気後れしてしまう。

 なんだろうな。現代でも、ああいう眼を見たことある。外資系のエリートサラリーマンにいたな。自分になら何でも出来るって確信している。相手がそう思っていることが分かるくらいに熱量を感じさせる眼。絶対の自信。自分にそこまで自信がなかった俺には、その眼が眩しすぎて尻込みしてしまった記憶がある。



 自信というのは、立ち居振る舞いにも表れる。

 背筋を正し、衣装は一片の隙もないほどに整っている。

 将軍と会える家柄の生まれではないにも関わらず、彼は堂々としているのだ。

 しっかり自分というものを持っているのだろうな。年も近いのに、こうまで違うか。


「室町幕府 第十三代将軍 足利義輝である。この度は上洛、大儀であった」

「上様から書状を頂いたからには、と馳せ参じました」


 折り目正しく挨拶をする信長さんには、破天荒なイメージはない。


「幕府への忠節、しかと記憶しておこう」

「ありがたき幸せ。私、尾張の田舎侍にて失礼ながら申し上げたき儀がございまする」


 俺はちらりと藤孝くんに視線を送るが、藤孝くんの表情は苦い。

 おそらく、礼儀作法的にアウトなのだろう。

 今回の面談も織田家の家柄としては、直々に話すのも問題だった。落ち目の幕府だからとか、京への帰還祝いの挨拶だからとか、そういう状況を加味して許容しているに過ぎない。その上でお願いごとを直接か……。


 お願いする側の気持ちで考えれば、今こそ絶好のチャンスだって思うのは理解できるんだけどな。トップへの直談判。


 アウトはアウトだけど、こちらの思惑である味方作りに役立つかもと考えると……悩み事を解決してあげるのはこっちにもメリットがあるか。


「本来は聞き入れぬのだがな。上洛の労に報いることにもなろう。申してみよ」

「では。我が織田家は守護様を弑逆した不届き者を誅伐致しました。すでに織田家は尾張一国を平らげております。是非とも実情に見合った御墨付きを頂けますれば」


 それは藤孝くんからも聞いたな。尾張国守護 斯波家の当主を殺した守護代の織田何某を攻め滅ぼして、斯波家の息子を保護しているって。

 実情に見合った御墨付きが欲しいということは、尾張国守護を指しているんだろう。

 力を見せつけるように兵を引き連れてきたのも、俺からの手紙にすぐに反応して上洛したのも、この辺りが狙いなんだろう。


 しかし、功績があろうとも、今の状況で斯波氏でもない家柄を守護には出来ないし、直系の息子が生きてるしな。


 何より実状は、信長さんの織田家と犬山織田家で尾張国を共同統治しているという形らしい。

 これを明確に信長さんが統治者だっていう形にしたいんだろう。

 さすがにちょっと苦しいな。


「尾張国での凶報は聞き及んでいる。貴殿が斯波の遺児を匿っているのも承知の上だ。しかし斯波の遺児がいるのであれば、その者が守護職を継ぐのが筋であろう?」

「っ! 確かに筋目を重んじるのであればそうなるのでしょう。筋目正しき上様らしい御発言」

「織田殿! 言葉が過ぎますぞ!」


 とりあえず杓子定規の筋論を返してみると、思ったより強い反応があった。

 そんな突飛な返事でもなかったはずなんだけどな。どちらかと言うと、先ほどの願いには、こうやって返すのは誰の目にも明らかだろう。

 こっちにそう言わせたかったのか?


「これは失礼。田舎侍は堪え性がないもので」


 藤孝くんに叱責された信長さんは悪びれる風もなく、最初のように澄まし顔。


 なんだろう? その顔は取り繕っているようにも見える。本当はイラついているのか。信長さんのイメージは癇癪持ちだけど、必要なら我慢を重ねて待てるタイプだったような。特に今回のような無理筋を押し通そうとするような人物像じゃなかった気がする。


 何か違和感があるな。その話題に引き込みたかったのか、本当に冷静でいられないようなことが起きているのか。

 早く尾張国を纏めたい理由。何だろう。理由は分からないけど、内心焦っているのかもしれない。


 もう少し彼の話を聞いてみよう。差し迫った事情があるのかもしれない。


「先ほどの件は聞き流そう。織田殿。何か抱え込んだ存念があるなら聞かせてはくれんか? こうして会うのも何かの縁だろう?」

「噂に違わぬ御器量。では、田舎者の土産話にお聞かせ願いたい。今の乱れた世をどう思われるのですか?」


 結構真面目な話だけど、一地方領主が将軍に問い質す話題じゃないな。

 最初に思っていた焦りとは違うのか。単にそういうフリをしている? まともに聞ける話題じゃないから一芝居打ったようにも見えるな。


 しかしこの展開は、長慶さんとの初対面と同じ感じだ。

 英雄というのは同じ思考回路をしているのだろうか。



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