第百二十八話 幕府騎馬隊の戦い方

「苦労を掛けた上に随分待たせてしまったな。それと一つ詫びることがある。おそらく長時の考える騎馬隊の運用と違うだろう」

「……お聞きいたしまする」


 言葉を反芻するように一度固まるが、座り直して居住まいを正した。


 俺は、懸念を現実のものとしないためにも、丁寧に話すことにした。


「儂が騎馬隊を作るにあたって気になったのは二つ。騎手を集めることと損害を減らすことだ。どちらも騎馬隊の戦力維持のために必要だと思っている」

「はっ。上様の御下命により、馬の維持管理を切り分けることで、騎手の出自を求めないこととしました。お蔭をもちまして、平民出身で見込みのあるものが三十名ほどおりまする」


「思ったより多いな。小笠原流弓馬術の弟子なのだろう? すぐに戦力となりそうだな」

「正しく。馬に乗る才は貴賎を問わず、世に満遍なく散らばっておるようです。併せてご報告いたしますが、武家の弟子は二十名ほど。そちらは食い扶持のある者たちばかりなので、各地に残してきておりまする」


「やはり武家ともなると主家を捨ててまでついてくるものは少ないか」

「武士が土地を離れるのは余程のことですから」


 自分から土地を離れるというのは大変な決断なのだろう。自分の土地を守るというのが武士のマインドだし、存在意義みたいな部分もある。それを超えて小笠原さんと一緒に行動をすると決めてくれた人たちには感謝しかない。


「そうだな。そういう者たちを死なすには惜しい。兵員補充をしやすくするとはいえ、貴重な人材に変わりない。彼らを死なせぬためには、損害を減らす戦い方をしなければならん」

「上様のお考えは良く分かり申した。上様のお考えになった運用をお聞かせくださいませ」


「まず今の話に反するようだが、最後まで聞いてもらいたい。鎧などは軽く、簡易的なものにする。馬鎧なども重たいものは用いない」

「…………」


 小笠原さんの目を見ながら一言一言、丁寧に話していく。

 防御面を簡易な装備にすると聞いた時には、驚きを表すかのように少し目を見開いた。しかし、俺の言葉通りに口を挟まないで聞いてくれている。


「次に主武装だが、忍びの者たちが使うような半弓(短弓)とする。それと銃身を短くした火縄銃だ。これらの装備から、どのような騎馬隊の運用を想定しているか分かるか?」

「はっ。おそらく上様は軽騎兵を想定されているのかと。具体的には、かつて大陸を席巻した蒙古兵のような弓騎兵でしょう」


「そうだ。騎馬隊での突撃は強力だが、損害も大きい。騎馬隊の攻撃力を維持するためには相応の兵数を維持しなければならない。となれば、数の少ない初期段階でその戦法は採用できん。変幻自在に動き回り、矢玉を浴びせかけては退き、敵に損害を与えていく。最終的には勝敗を決する時には突撃することも厭わない。そんな騎馬隊にしたいのだ」

「お考え良く分かり申した。それであれば、重い鎧は馬の脚を遅らせる無用の長物。神速の騎馬隊を作り上げてみせましょう」


「頼んだぞ。弓や火縄銃は清家の里にいる職人と打ち合わせよ。必ずしも半弓でなくて構わん。馬上にて使いやすい大きさの弓を探ってみてくれ」

「お任せあれ。騎射に火縄銃と私自身の修練も必要ですが、必ずや幕府騎兵隊をモノにしてみます」


 元々、騎射には慣れているだろうけど、小笠原さんが用いている弓は長弓。鎧を打ち抜ける威力を持っているが、速射性には劣る。それに騎馬武者を狙うわけではないので、威力は落ちても取り回しをしやすい短い弓が良いはず。

 火縄銃も自前の清家筒を幕府軍専用に備蓄できるようになっているので、騎馬隊に配備したかった。銃兵隊への入隊水準が高いため、幕府軍に火縄銃の使い手が少ないんだ。それにより、生産体制は整ったが、備蓄より販売ばかりになってしまっていた。


 せっかく原価で火縄銃を配備できるのに勿体ないもんね。先に弾込めしておいて、一斉射か二斉射。距離を詰めて弓を撃ちかけ、離脱。弾込めをして、再度仕掛ける。結構有効だと思うんだよな。これ。


「楽しみにしている。あとは、馬の調達をどうするかだな」

「……そうでした。木曽馬が良いと申し上げましたが、現状、木曽家は武田家の属国となっておるようです。武田家に敵対していた私がどうこうできる状況にはございませぬ」


「淡路馬も良いと言っていたが、三好家の勢力圏ではな。幕府が馬を買い集めだしたとなれば、余計な疑念を生みかねん。いや、清家の里が買主となれば問題ないか?」

「いえ。馬は安くはございませぬ。継続して何十頭も購入するとなれば、資金源が疑われましょう。特に三好家の領内で、そのような商取引をするのは危険かと存じまする」


「各地から少しずつ買うとしても、ある程度大口で購入できる所は必要だな。やはり武田家を頼るか。信虎殿もいるしな」

「晴信の父上ですか。そのような御方までお近くにいるとは。私が聞き及んでいる関係性では逆効果ではないかと存じまするが。むしろ幕府と同盟関係にある本願寺を経由してはいかがでしょう。先日嫁いだ姫は三条家の者。晴信の正室も三条の姫。義理の兄弟の間柄にございまする」


 本願寺かぁ~。あんまり頼りたくないんだよな。

 一向一揆って農民が主体だしさ。そのくせ、どこぞの軍隊と同じ様に扇動する偉いお坊さんが前線に立つわけじゃない。世俗の権力者への反抗らしいんだけど、指揮官には武士階級が混じっていたりと俺には理解が出来ない。


 武士としての身分や経験は、世俗があるお蔭じゃないかと思ってしまう。

 本願寺自体も勅願寺となったりしていて世俗や朝廷とも関わりが深い。そういうのを見てしまうと、何となく上層部が決めた政治的な建前のような気がしちゃうんだよな。

 きっと本気で信じている人たちもいるのだろうけどさ。


「本願寺か。あまり頼りたくない相手だな。困ったものだな。とりあえず書状を送って馬商人を紹介してもらおう。幕府が前面に出るのはそこまでだな。あとは石田正継に上手くやってもらうとしようか」

「軍馬の買い付けとなれば目立ちまする。それで宜しいかと存じまする。私は清家の里に参り、出来ることから始めておきましょう」

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