第百二十七話 帰京した男

永禄二年 如月(1559年2月)

山城国 二条法華堂


 底冷えする京の都の冬は落ち着きをみせ、寒さが和らいできた頃。

 小笠原流弓馬術と礼法の指南のために地方巡業を行っていた小笠原長時おがさわらながときさんが帰京した。



「帰京の令を受け、帰還いたしました」

「長い間ご苦労だった」


「いえ、滅相もございませぬ」

「…………」


 相変わらずの古武士然とした風貌のままに言葉少なめの挨拶。

 礼儀作法はしっかりしているから、無礼な感じはないけど、会話が続かず間が持たない。

 こっちから何か言わないと、そのままいつまでも控えていそうだ。


 他の人たちは感情豊かなので話しやすい。しかし小笠原さんは、何と言うか、こう一人で静かにしていたいタイプって言えば良いのか。話題を振ってくることもなく、聞かれたことに答えて会話をお終いにしちゃう。違う意味で会話の難易度が高い。


 確か礼法上は、身分が上の人に対しては自分から話しかけないってルールがあったはずだから、彼の対応は正しい。

 でも朽木谷の仲間とかは、そういう垣根をある程度低くして話してくれる。

 もしかすると、縁を深める前に地方巡業に行かせてしまったのがいけなかったかもしれない。


 これから仲良くしたいところだが、今度は清家の里に行ってもらうことになる。今のうちに酒宴でもやって仲良くしておくしかないかな。

 とりあえず、この場を何とかしなくては。彼には若干マニアックな面があったので、好きそうな話題を振ってみる。


「信濃国は馬の産地だったな?」

「はい。一口に信濃国と申しましても、北信、東信、南信、中信と別れ、各々大きな盆地を有しております。そこでは馬を育てる牧が各地にあり、地域によって馬の気性や個性に違いがございまする」


 やはりこの話題なら良く話してくれる。先ほどまでの一言二言の返事が嘘みたい。きらきらと少年のように馬について語っている様を見ると、長時さんは本当に馬が好きなようだ。

 すぐに騎馬隊を作る話をしても良いのだが、せっかく話が出来るのなら、もう少し彼の話を聞いてみよう。


「そうか。どこの馬が良いかなどはあるのか?」

「私は中信の馬が好きですが、乗り手の好みとしか言いようがございませぬ。ただ木曽馬は力もあり、体力もあるため軍馬に用いるのに向いております。別の地域であれば、南部駒や三春駒、淡路馬も良いようです」


「色々あるのだな。今でも信濃国に馬を仕入れる伝手はあるか?」

「上様がお乗りになるのでしたら、心当たりはございます」


 ゆっくりと思案しながら心当たりがあると言う長時さん。

 答えた内容に反して、思案していた時間は長かった。


 きっと意識は故郷へと飛び立っていたのだろう。本当であれば、すぐに領地に帰してあげられれば良かったのだろうけど、今の幕府には信濃国を取り返せる力はない。

 取り返したとしても、今まで通り守護に戻すのが良いものなのか。管領や政所執事などの世襲制の弊害を見ると躊躇してしまう自分がいる。


 制度をどうこうできるほどの力もないが、良くない現状を見過ごすことも出来ない。今はこの話題に触れずにいた方が良い気がする。


「いや。儂のためではない。幕府騎馬隊を組織するために数を揃えたいのだ。そのためにはまとまった数の軍馬が必要になる」

「おおっ。ついに……ついに……」


 その言葉を聞いた彼は、目が潤み、声が詰まっている。

 あまり感情を出さない小笠原さんがここまで感極まるとは。


「すまぬな。頼ってきてくれたお主を京に留めるでもなく、流浪の旅のようにあちらこちらと。人材発掘と資金集めのためとはいえ申し訳ないことをした。だが、いくらか資金の目途もついた。待たせたな、長時」

「いえ、私が上様のお役に立てるのであれば、今までの苦労など……」


「苦労を掛けた上に随分待たせてしまったな。それと一つ詫びることがある。おそらく長時の考える騎馬隊の運用と違うだろう」

「……お聞きいたしまする」


 言葉を反芻するように一度固まるが、座り直して居住まいを正した。


 この戦国時代では、騎馬武者というのは、相応の身分のある武士に限られる。

 馬を入手し、飼育にかかる費用を賄える武士でなければならないからだ。騎馬武者に付く従士武者を除いた純然な騎馬隊を作ろうとしても、そんな高級武将を常備軍に抱えておけないし、突撃させて馬も人も損害が出てしまえば目も当てられない。馬の希少性と騎手の育成という面を考えると、幕府軍ではそういう運用をすることは出来ない。


 損害を減らし、補充も簡単に出来るようにしなければ、騎馬隊を維持できないのだ。


 兵員の補充を簡単にすること。これは、当初より小笠原さんにお願いしていたように、武士階級だけでなく平民からも騎乗の才がある人材を集めてもらっている。幕府騎馬隊は常抱えの部隊なので、馬の飼育管理も幕府が費用を負担する。

 そのため、騎手が上級武士である必要はないのだ。そうなると乗馬の才がある者だけを選べば良くなる。

 騎手は体の小さい人のイメージもあるし、歩兵隊に向かない人にも新たな選択肢として提案できるだろう。


 それと損害を減らすこと。こっちが大きな問題だった。

 この時代、騎馬武者は、指揮官も兼ねているので、むやみに突撃したりしない。前に出るときは勝ちに乗じる場合がほとんど。他には膠着状態を打破するためなどの予備戦力扱いとなっている。

 以前に小笠原さんから聞いた武田家の話でもそうだが、騎馬武者の多いと言われる武田家でも、兵数の八割から九割は足軽が占めているらしい。


 つまり、徴兵された足軽たちが戦の大部分を担っている。


 しかし、そのような戦い方だと幕府騎馬隊を設立しても無駄になってしまう気がした。損害を出さないのは既定路線だが、幕府直轄軍には農民からなる足軽はいない。歩兵隊が損害を受けているときに騎馬隊を温存する意味はない。どちらも常備軍の仲間なのだから。


 そこで思い付いたのが、騎馬隊の戦い方を変えること。

 これが小笠原さんに言った運用が違うだろうという部分に関わってくる。

 俺の考えた戦い方は効率的だと思うけど、武士らしくないかもしれない。

 そんな戦い方を小笠原さんが受け入れてくれるか、ちょっと心配なんだよな。

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