【王】芽吹き

第百二十五話 茨の道

 いや~。めちゃくちゃ怒られました。

 将軍を怒れる人なんて実力者の三好長慶さんしかいないとか考えていた俺を叱り飛ばしたいですよ。


 よくよく考えれば、将軍より偉い人がいました。

 帝と朝廷のお偉いさんですね。


 立場上、直接叱られるようなことはないけれど、朝廷からお呼び出しがかかり、事情説明を求められ、苦言を頂戴してしまった。


 足利家の通字を授けるとは、三好家に将軍位を譲る気かと結構な勢いだったらしい。

 将軍任命は朝廷の専権事項だし、三好家は既存の身分制度を現在進行形で損なっている危険人物であるからね。連綿と続く身分制度に生きる公家からすれば、よろしくない行いだったということだろう。


 藤孝くんにも「重大な話をする前に相談してくださいね」ってチクリと言われてしまった。それは仕方ない。前に出て、謝罪や説明に動き回るのは藤孝くんのお仕事だから。

 俺だったら、もっとネチネチ文句を言っていただろうと思う。あの程度で許してくれる藤孝くんは何と優しいのだろうか。


 藤孝くんには新たな仕事が増えたばかりだというのに。申し訳ないことをした。


 ――――こうなったら、早く明智さんを昇格してもらうしかないな!

 決して、俺が早く会いたいからって訳じゃない。彼が優秀であることを知っているからだよ。本当に。


 先日の件があって管領や政所執事が不在となったことで幕府側の代表がいなくなってしまった。そこを補填するために藤孝くんとお兄さんの三渕藤英さんが派遣することになったのだ。


 幕府の仕事なのに幕府側の代表がいないっていうのはおかしな感じだよね。それは、俺が朽木谷にいたせいで、京では三好家が中心になって政務を行っていた。

 そこに、将軍に付き従わず三好家に従うことを決めた幕臣が少々、俺が任官した政所執事などの責任者がいるという感じだった。


 不幸中の幸いで三好家の文官が政務の流れを把握していたので、罷免した伊勢貞孝が派閥を引き連れて去っても支障はなかった。彼に従って幕府を去った幕臣は予想していたより多かった。


 俺が強引に罷免しただけなら、反乱かストライキが起きていただろう。情けないことにそう思ってしまった。しかし、今回は長慶さんが主導した。この京で軍事力も政治力も絶大な彼の指示であれば逆らいようがない。


 元々は将軍に力がないせいで、部下である管領や政所執事が好き勝手やっていた。上司がそれなら部下もそれに倣い、好き勝手する。負の連鎖で幕臣に食い荒らされていた。


 首魁ともいえる伊勢貞孝と同調する伊勢派には、三好軍を護衛に付け丁重に国外退去してもらった。

 これで、幕府の健全化が少し進んだと思う。


 幕府の職制もそうだけど、守護職など世襲制の問題点が気になっていた。今は手を付けていないけど、ある程度全体で納得できるような制度にしたいとは思っている。


 現状の無力な将軍が、そんなことを言い出したら気が触れたとして排除されるだろうな。こんな話は幕府に力を持たせ、世の中を平和にしてから動き出す事柄だと思う。

 今は一つずつできることをコツコツやっていくしかない。理想は思い描くのをやめない。理想は、自分が進むべき道のしるべになるのだから。



 ※ ※ ※


 これはとある夜の一幕である。

 泥酔して、くだを巻く男とまともに見える男が長々と続けた酒宴の模様である。


「って話が合ったんだけどさぁ、困っちゃうよねぇ。って、ねえ聞いてる?」

「聞いておりますって。もう五回は聞いておりますよ」


 五回どころでないが、いくらか気を遣って数を減らした、まともそうな男。

 それでも扱いが雑になってきている。口調も身分差以上に砕けていることに気が付いているのだろうか。


「そーなの? だからさぁ、義興くんは……あれ義長くんだっけ。分かんなくなっちゃった。ともかく君は名前が変わったわけさ。分かる?」

「上様から賜った”義”と父上の”長”をとって義長とすると、某からご説明申し上げたではありませんか」


「あっれぇ? そうだっけ? ちょっとお酒飲みすぎちゃって分かんなくなってきちゃったよ」

「飲ませ過ぎた某が悪いのです。上様が飲みやすい酒だと、どんどん飲まれるので、てっきり御強いのかと思っておりましたよ」


「そう! ぼくは弱い将軍なのですよ! だからこそ君の父上を見習って強い男になりたいのです!」

「確かに父上は強い男です! だからこそ、父の名を一文字頂き、いつかは父を超える男となろうと思っています!」


「えらい! きみはえらいぞ~! でも君は思い違いをしている!」

「急にどうされました? 某が思い違いをしているとは?」


 褒めながら怒り出すという良く分からない感情の動き。酔っ払い特有の感情の揺れである。

 感情の揺れとともに身体もかなり揺れている。


「偉大な長慶さんを超えるなら、名前を貰って満足してちゃいけませんってことですよ! そんなんじゃいつまで経っても長慶さんを超えることなど出来ませんからね!」

「ではどうすれば良いのでしょう?」


「それは義興くんが……あれ? 義長くんが長慶さんで……んん?? 何だったっけ? ややこしいから、義長じゃなくて義興にしなさいって話だったような?」

「なんと! 上様は父以上に三好家を興せと言われるのですか。”興”という字には、奮い立つという意味もありますね。もしや、上様は某を激励してくださっているのですか?」


 話を受けた、まともそうな男も良く分からない論理を展開している。

 もちろん泥酔している男が理解出来る訳もなく……。


「んん?? あー、そーゆーこと! そーゆーこと! それで良いんですよ」


 酔っ払い二人の話は、良く分からない方向へと転がっていく。

 泥酔した方はともかく、まともに見える方も存外酔っぱらっていることが往々にしてあるという。

 これは、どこかの戦国の夜の風景の一つ。

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