第百二十三話 プラマイゼロ?

 長慶さん自身への褒美の話を振ると、官位ではなく幕府の役職を希望した。具体的に言うと管領か政所執事あたりが良いのではと言ってきた。

 これはある意味予想できた返しでもある。


 官位はあって困るものではないけど、長慶さんの立場では今すぐ必要というものじゃない。むしろ、幕府での役職がないことが歪な状態を生んでしまっている。

 あくまで三好家は阿波国守護代の家柄なので権力はあるけど、正当性がない。幕府で適切な役職に任じられれば、今のように幕府を取り仕切ることに何の問題もなくなる。


 幕府の役職でいくと将軍の下に管領。評定衆や政所執事、問注所執事などが続く。

 管領以外では、幕府の財政を握り、裁判などを司る政所執事が実入りが良いので長慶さんが希望するのも分かる。


 とは言いつつも、結局は彼の家柄が問題になる。端的に言うと家格が足らない。

 管領は本来、三管領家が持ち回りで請け負っていた。いつからか細川京兆家が世襲となっていたが。同じように政所執事も伊勢家が世襲している。


 どちらもかつて足利家へ貢献してきた家柄の人間しか就任できない。これはかなり厄介だ。俺もここが幕府の問題点だと思っている。


 だって良い家柄に生まれただけで、幕府の重職を担うのだから。

 その人が優れていれば良いけど、優秀な人がずっと続く訳じゃない。


 だったら能力主義にすれば良いじゃないかと思うけど、既得権益を失う名家が素直に従う訳がない。ましてや、名家として権勢を振るっていれば、金も力もある。


 彼らが反対すれば実力主義に変えていくことはできない。彼らのような名家を排除するための改革なのに、彼らの承認を得ないと変更できないのだ。


 もし彼らを無視して変えていくならば、彼らを上回る力を持っている人物が力技でやるしかない。

 そして現状それが出来るのは、目の前にいる三好長慶さんである。


 ただ、長慶さんは、今の幕府の統治機構を無視して政務を取り仕切ろうとしていないように思う。それは今までの彼の行動から見てもわかる。

 その考え方に当てはめると、長慶さんは本気で管領や政所執事になりたい訳ではないはず。今回は彼の権力を利用させてもらおう。


「三好殿の望みは分かったが、管領や政所執事は細川京兆家や伊勢家の世襲であろう。儂とて三好殿の能力に不足があるとは思っておらん。しかし、家柄で決まる役職であるという事実。能力があるのに任せられぬとは問題があるように思う。三好殿はどう思われるかな?」

「私めの褒美話から、急に難しいお話になりましたな。優れた血筋の優れた御方が御世を導く。それが室町幕府のあるべき姿なのでは?」


「それが事実であれば、三好殿はここにいるのがおかしいのではないか?」

「これは手厳しい。そも歴史を紐解けば足利家とて、鎌倉幕府の御家人に過ぎませぬ。今でこそ名家と言われる一族も室町幕府が開かれたからこそ名家となり得たのです」


「つまり?」

「つまり……功績があれば、世襲は崩れてもおかしくない。と言わせたいのですかな?」


「言わせたかったというより、皆に認識してもらいたかったというところだな」

「左様ですか。されど誰が言おうと波風は立ちましょう」


「それは仕方あるまい。しかし考えてもみよ。将軍の意向に従わずに、袂を分かつ管領は将軍の代理となりうるか? 将軍の下を離れ、敵方で生き延びようとする政所執事は幕府のために働いておると言えるのか? 儂は疑問でならんのよ」

「失礼ながら私以上に働いている者はいないでしょう」


 長慶さんは幕府のためとは言わなかった。でも畿内に暮らすの民のために働いているということは理解している。


「であるならば、貴殿が任されるべき役職だと思うがな」

「そのために泥を被れと?」


「そのためではない。本来の目的のためだ」

「本来の目的のためですか。それが何を指しているか分かりませぬが、私の力を試されておるようですな。私が管領に任じられるかは、その問題が片付いてからというお考えの御様子。よろしい。上様の御下命となれば、私が泥を被りましょう」


「三好殿の力など試さざるとも、この肌で実感しておる。では細川晴元と伊勢貞孝の職を免ずる。代わりに細川藤孝と三渕藤英を送る。三好殿よしなに」

「かしこまりました。上様のご期待に応えてみせましょう」



 周囲のざわめきを余所に二人で話を進めた。

 今回の会談は、やらかし半分、成功半分といったところだろうか。

 細川のおっさんは当然として、政所執事の伊勢貞孝を排除できるのは大きい。


 伊勢貞孝は将軍山城での戦いで幕府軍と対峙しただけでなく、政所執事の役得で金と力を蓄えていた。

 幕府には収入がなく、力もないのにも関わらずだ。


 政所執事の裁判権は、当事者からの付届け(金品)を受けて判決を優位にしたりと金を受け取りながら、恩を売るようなことをしていた。荘園の管理も政所の職掌だったのでやりたい放題だったらしい。

 かつての義藤と色々あったらしいが、この現状は許せるものではない。


 気にはなっていたが、俺に力がないので更迭も出来ず、ここまできていた。

 今回の会談のお蔭で、幕府へ正当な収入が入るようになるし、幕府の影響力を伊勢氏から取り返せた。

 これでいくらか正常な運営が出来ることだろう。


 あとは、やらかしの件が大事にならずに終わってくれることを祈るのみだよ。

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