【王】想定外

第百二十一話 婚約不可避?

永禄二年 如月(1559年2月)

山城国 二条法華堂



 長慶さんが何か要件があるとのことで、三好家の重臣や幕臣たちが集い、顔を合わせる。

 形式通りの挨拶を終えて、さあ本題という所で、長慶さんがとんでもないことを言い出した。


「上様におかれましては、ご壮健の様子。我ら臣一同、何事にも代え難き喜びにございまする。加えまして、近衛家の御息女と婚儀が相成るとのこと、重ねてお祝い申し上げまする」

「はっ?!」


 当事者の俺でさえ初耳の結婚が決まったとの言葉。

 なんでいきなりそんな話になるのだろうか。


「長慶よ。儂の聞き間違いやもしれん。もう一度、さっきの言葉を言ってくれぬか?」

「はい。上様におかれましては、ご壮健の様子。我ら臣一同、何事にも代え難き喜びにございまする」


 絶対ワザと間違えてるでしょ!

 どこを取っても、その部分に重要なことはないじゃないか。


「そっちではない。その先だ」


 恐ろしいほどのすまし顔で「左様でしたか」と宣う長慶さん。

 ちくしょう! いつか仕返ししてやるからな。


「近衛家の御息女と婚儀が相成るとのこと、重ねてお祝い申し上げまする。で宜しいでしょうか」

「ああ、そこだ。儂も決まったなど知らんぞ。なぜ長慶がそのように言える?」


「なぁに、それは簡単な話にございますよ。先の関白 近衛 稙家たねいえ様が私めを呼びつけられましてな、上様とのご婚儀において仮の御座所では承服できかねると嘆いていたとのこと。稙家たねいえ様は、私めに上様のお困りごとを解決してほしいとの御意向でしたので、不肖ながら私めが一肌脱ぎまして、新たな御所の造営費用をご提供することに決め申した。稙家様は、これで婚儀が進むと大層お喜びでしたよ」


 稙家たねいえさん。本当に長慶さんのところに直訴したのか。

 確かに御座所の話はしたけど、それが解決できれば受けるとは言ってないぞ。

 実際のところ断れない話だったんだけどさ。一応、保留って回答だったのに、この場ではっきり宣言されては否定できないじゃないか。それに今、否定したところで後でやっぱり結婚しますじゃ、俺の格好がつかないどころか長慶さんの面子を潰してしまう。


 それになんだ、長慶さんの「私め」という一人称。非公式の場なら儂とか言ってたくせに。これは完全に遊ばれている。質が悪いのは、話の中身は本物っぽいということだ。


 本当にそういう流れの話になったのか稙家さんに聞かなきゃならないけど、長慶さんが公式の場で嘘をつくほど、愚かな人じゃない。つまり結婚確定だってことだ。


 断れない縁談だったから良いんだけどさ、長慶さんに好き勝手振り回されているのがちょっと気に食わない。早めに主導権を取り戻さないと。


「儂としては御座所の造営の話の方が気になるがな」

「やはり上様も気にされておりましたか。この二条法華堂のすぐそばに、武衛様(斯波氏)が放棄した館があります。ここを取り壊して、新たな御所を新築されてはいかがかと愚考いたした次第」


「三管領の斯波氏の館か。放棄したと言うが本当に良いのか?」

「問題ありませぬ。数代前に在京を諦め、領地に戻る旨の届けが出ております。名家斯波氏の土地であったため、再利用するには相応の家柄でなければならなかったため、そのまま放置されておりました」


「では土地は問題ないか。しかし造営費といっても相当の金子がかかるであろう?」

「左様にございまする。我が三好家の内証を切り詰め、何とか捻出できまして」


 ――絶対嘘だ。


 長慶さんほどの人が、負担になるような造営費を承諾するわけもないし、彼の領土からすれば造営費くらいは造作もないはず。なんせこの二条法華堂の内装や調度品にも、かなりお金がかかっているからね。


 となると、だ。

 この「大変でしたアピール」をどう捉えるか。普通であればご褒美くださいになるのだろうけど、資金的には三好さんの方が潤沢にある。多額の造営費を出してまで欲しいものなんてあるのだろうか?


「それは申し訳ない。三好殿に苦労させるほどに幕府には金がないのでな。その苦労に報いることが出来そうにないのだよ」

「いえいえ。滅相も無い。褒美欲しさに献上するわけではございませぬゆえ」


 平身低頭。

 知らない人が見れば、将軍にひれ伏す部下にしか見えない。


 こういうところ上手いんだよなぁ。

 あくまで将軍を立てて、献身的に仕えている感じを出されてしまうと、要らないとも言えないし、褒美を授けなくてはならなくなる。

 働きに見合った褒美を授けられなければ、臣下が離れていくのは世の常。

 お偉いさんは適切に褒美を分配しなければならないのだ。


 この流れは、それを引き出すための流れだ。長慶さんがコントロールして作り出した流れ。


「そうは言っても何も無しでは面目が立たぬ。何か望む物はないか」

「さすれば、御奉公にあげている嫡男 慶興と松永を直臣に引き立てていただきたく」


 長慶さんの希望を頭で反芻してみる。

 現状、彼らは側仕えという名目の監視役。実力者の三好家だから罷り通っているが、彼らは幕府の役職に任じられている訳でもなく、陪臣の立ち位置。

 官位はあるとはいえ、側仕えとしては無理がある状況だった。


 長慶さんの希望は至極当然のもので、無理難題とは言えない。断る理由もない。

 しかし、新御所の造営費に見合うかと言われれば、全く見合わない。誰がどう見ても三好家が損している。


 ここは長慶さんの度肝を抜いてやろう。向こうの想定以上の褒美をあげれば一矢報いれるはずだ。

 それに今の幕府の問題も一緒に解決できるかもしれない。

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