室町武将史 鬼と呼ばれた男 其の三

幕間 服部正成 伝 不思議な男

「これは提案なんだけど、服部くん、歩兵隊の隊長やってみない?」

「は? 某がですか?」


 思わず不躾な反応をしてしまった。

 上様に対し、何たること。己の無様さに恥ずかしくなる。

 常在戦場。常日頃から気を張り巡らせておかねばならぬというのに。


 どうにも会議のような場では、ちんぶんかんぷんな話が繰り広げられ、意識が遠のいてしまう。

 上様はそれを察してか、時折、このように急に質問を投げかけてくる。

 今回は質問というよりも提案。しかし、とても魅力的な提案だ。


 私にとっては念願叶う提案。戦場での槍働きが出来る。

 上様をお守りするために槍を振るう。

 そう決めたが、清家の里で歩兵隊の皆と汗を流すようになると、蓋をした気持ちを隠せなくなっていた。上様にも気が付かれてしまっていたのか。


 己の心情を主君に気が付かれてしまうなど、私はまだまだ未熟だ。

 好き勝手する段階ではないだろう。


「しかし、上様の護衛の任がありますし」

「元々、忍びの人たちとの繋ぎと護衛って役割だったけど、忍者営業部も拡充されて守りは強固になったし、繋ぎ役は藤孝くんでもいけそうだしさ。それに服部くんは槍働きしたいって言ってたじゃん?」


「某からすれば、有難いご提案なのですが……。よろしいのでしょうか?」

「私もここを離れられぬようになると思われる。おぬしが離れても問題なかろう」


 私を誘ってくださった和田殿を見る。

 和田殿からは上様の護衛を託された経緯もあって、軽々に返事は出来なかった。


 恐る恐る表情を窺うと、いつもの厳めしい顔付きながら、しっかりとこちらを見て頷かれた。上様もその様子を理解したようで、和田殿の反応を見て高らかに宣言された。


「決定! 何か理由をつけて、ここを離れた後は、清家の里に行ってくれ。そうだ、せっかくの機会だし、三河の実家に顔を出してみたら?」


 まだ何の実績も無い私に、歩兵隊へ参加を許してくださるだけでなく、実家へ顔を出してはどうかと提案してくださった。

 ここまでお優しい主君に仕えられた幸せ。私は恵まれている。


 上様から直々にそのような言葉を授かったと言えば、三河の父上は驚かれることだろう。兄上たちも羨むかもしれぬ。

 早々と故郷にいる家族に思いを馳せると頬が緩む。


 しかし上様のお優しさに甘えてばかりではいられない。

 何かお役に立てねば。先ほど上様が気にされていた豊臣秀吉という男を探し出してこよう。必ず上様の元へ連れていく。

 さすれば、少しは上様への御奉公となろう。


「御恩情ありがたき幸せ。お言葉に甘えさせていただきまする。同じ方向ですから私も尾張国へと参ります」

「気にしなくて良いのに。親御さんにもよろしく伝えておいて。尾張の任務も絡むし、このまま準備しに行っちゃって良いよ。藤孝くん、何か手土産を見繕ってあげてね」


 上様の御指示に従い、座を退くと旅支度を進めた。諸国を歩き回っていてもおかしくない行商人に見える服装に着替える。

 準備を終えるころには、細川殿が手土産の包みと背嚢を用意してくださった。


「手土産には、京小間物や西陣巾着を入れておきました。御父上には甲州金を少々。これから三河国まで赴くのであれば、嵩張らない物の方が良いかと判断しました」

「甲州金など、とんでもない。京小間物ですら過分にございますれば」


「上様のお気持ちです。お受け取りください」

「誠にありがたく。頂戴致します」


 捧げるように受け取った手土産は、重みを感じた。土産物の重さだけでない、上様や細川殿のお気持ちを多分に感じられたのだ。


 何度となく頭を下げて手土産を背嚢にしまい込んだ。そのままの足で外に待機していた甲賀忍びの者たち数名と合流し、尾張国を目指して駆けた。

 上様が発案された背嚢は、荷を多く抱えていても走る邪魔にならない。

 やはり上様は優れた御方だ。上様の支援を背に受けたように力が湧く。


 昼夜問わず駆け抜け、翌日には尾張国へと辿り着いた。

 私たちは、尾張国に入ると、二人一組となる。広い尾張国で豊臣秀吉なる者を探すためだ。


 豊臣という聞きなれぬ姓なので、すぐに見つかると思いきや探索は難航した。

 我らは尾張国の南側を担当していたが、全く手掛かりが見つからず途方に暮れていた。人と情報の集まる熱田に拠点を持ち探索を続ける日々。


 しかし豊臣どころか秀吉なる名を持つ人物ですら見つからぬ。その日も聞き込みは空振りに終わり、待ち合わせのために茶屋に入っていた。


 少し疲れた様子が出ていたのか、同じ店にいる客に心配されてしまった。


「そこの若い御方よ。一体全体どうしたのだ? そんなに背を丸めておっては、せっかくの男振りが台無しではないか」


 やけに愛想のよい小男こおとこはそんな風に声をかけてきた。

 この男、貧相な鼠といった風貌。卑しさは無い。

 全くの見ず知らずの関係であるのは確かなのに、長年の知己に会ったような人懐っこい笑顔を浮かべている。


「仕事が上手くいかず、途方に暮れておりました」


 不思議と警戒心を持たせない笑顔。それだけでなく喋り方や小男の雰囲気のせいかもしれない。何故か素直に話をしてしまった。


「人間生きておればそういうこともあろうな。儂も今でこそ人並な暮らしをしておるが、それまでは苦労の連続であったぞ」

「失礼ですがお侍様で?」


「おおよ! 清州の殿様の下で働いておるのだ。大変だが働き甲斐のある殿様でな。儂も少しは偉くなったのよ!」


 洗いざらしの木綿の衣服を見せびらかすように、胸元を摘まみあげる。小男には似合わない太刀と脇差。金は無さそうだが、主持ちというのは噓ではないようだ。


「それはそれは素晴らしゅうございますな」

「どうだ? お若い御仁。お前さんのように素晴らしい体躯の持ち主であれば、侍になってみんか? 儂の下におれば、いずれ城持ち大名にもなれるだろうて」


 城持ち大名とは豪儀な発言。

 問題は、発言している本人がどう見ても足軽に毛が生えた程度にしか見えないことだろう。


「それは夢のあるお話ですが、誠に能うのですか?」

「能うか能わぬかではない! やるかやらぬかだ! 儂らのように身分の低い者は、恥も外聞も捨て、我武者羅がむしゃらにお役目を果たすしかない!」


 法螺吹きのように大きなことを言っているのに、本人は大真面目。この男は詐欺師か大人物かどちらかだろう。しかし我武者羅に働くというのには賛成だ。


「さようですね」

「だろう! お前さん、儂の部下にならんか? 飯なら、たらふく食わしてやるぞ」


 貧相な小男を見れば、本人すらまともな飯を食えているようには思えない。

 この男に好意を持ちかけていたが、残念ながら詐欺師の方だったらしい。


「こういっては何ですが、私は体が大きく人一倍飯を食います。お侍様の台所事情を悪化させてしまいかねません」

「なあに、そんなこと問題ないぞ! 見ての通り、儂は貧相な男でな。飯は人より少なくとも生きていける。お前さんのような優れた容貌を持つ男を配下に出来るなら、いくらでも分けてやるわい」


 前言撤回。大人物のようだ。上様とどことなく似ているような気がする。

 器の大きさか人柄なのか。見た目は正反対なのに、そう感じてしまった。


「いくら何でも、そのようなことまでさせられませぬ。それに行商の仕事を諦めるほど、突き詰めているとは言い難いものですから」

「そうか。惜しいな。飯のことなら気にせんでよいぞ。殿なら、そうやってでも召し抱えた儂を誉めてくださるだろうからの。もし気が変わったら、清州へ訪ねてこい」


「ありがとうございます。いずれご縁がありましたら」

「おう! 待っとるで!」


 小男は、そう言うと後腐れなく颯爽と立ち去って行った。

 私は思わず後を追ってしまった。


「お侍様、よろしければお名前を」

「木下藤吉郎じゃ!」


 せかせかとせわしなく歩く小男は、振り返ることもなく、手をひらひらとさせながら、名前だけ告げて去っていった。

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