第百十七話 悪戯談義

 松永との謀議は続く。

 どちらかと言うと、謀議というより、次の悪戯いたずらをどうするかというような楽し気な会話。

 こやつと話していると、童の様になってしまう。


「良く知っておる。息子である今の関白 近衛前嗣このえさきつぐ(前久)は幕府嫌いである故な。将軍家に肩入れしてきた近衛家としては、今さら見限る訳にもいくまいて。若造関白はその辺りを軽視し過ぎておる」

「そうは仰られても殿もそれを利用してきたではありませんか。で、どうなさるのです?」


「そのうち出してやろうではないか。さすれば若造関白と近衛家の溝は深まり、孤立するであろう。実家と縁が切れた若造なら手駒にするには容易い」

「これで近衛家にも恩が売れますな。新たな御座所の造営費を出すとなれば、殿が将軍家を蔑ろにしていない証左ともなりましょう」


 金を出すならそれ以上の見返りを得ねばな。

 しかし歴史ある花の御所を再建させる気はない。それをあの将軍殿はどう反応するか。過去の栄華に縋るか、己の道を切り開くか。

 ガッカリさせてくれるなよ。


 しかし、単に婚儀の祝い代わりに金を出しても面白くない。

 目に見える恩を受け、断れぬ状況で強請られたら、どうするかの。


「そうだな。しかし、もう一手打っておこうと思っておるのだ」

「もう一手ですか。某の頭では思いつきませんな。一体どのような手で?」


「儂らを直臣に取り立ててもらう」

「っ! わざわざ直臣にならずとも良いではありませんか? そのような体裁など関係なしに、畿内の覇者は殿であると誰もが承知しておりますぞ」


 その認識は間違っていない。間違っていないが正しいとは言えない。

 正当性というのは、納得と諦めを与える。

 羨望には納得を、妬みには諦めを。

 正当性を備えるというのはそういうことだ。


「それでは世が治まらぬのはお主も分かっておろう。この方が平和への近道なのだ。それに儂は京に近寄らぬ。表向きには三好家を慶興に任せ、裏で儂が動かす。慶興とおぬしは将軍殿の側におれ。官位と役職を貰ってやろう。そして正式に将軍殿を神輿として戴き、一気に畿内を制するぞ。我が軍に歯向かうものは、幕府に弓引く逆賊であるとな」

「将軍という手札を利用するために、配下となる訳ですか。さすれば、将軍の命で畿内の反抗勢力を討伐するという建前を得られると。しかし上様は素直に言うことを聞きますかな?」


 使える者は親の仇でも使わねばな。

 使い勝手の良い手札があるのであれば、擦り切れるまで使わせてもらおう。


 松永は心配しているようだが、今の将軍殿なら思うように動かすのは簡単だ。

 無駄に民を死なせぬためにも停戦の御内書を、と願えば良い。

 さすれば、あの心優しい青年は無視出来ぬであろうな。


 それは美点として好ましくあるが、欠点にもなる。

 青臭さは若さ特有のもの。羨ましくもある。


「討伐の令を得る必要はない。早く戦を終わらせるためと情に訴え、停戦の御内書を出させれば良い。将軍殿の御意向に従わなければ、必然と逆賊よ」

「終わらせないよう手を打っておいてですか?」


「敵のことなど知らん。戦いたい奴が多いのだろう。それに付き合ってやるだけよ」

「殿に付き合わされる敵方が哀れですな」


 哀れなのは、畿内に住まう民よ。

 馬鹿どものせいで、食うにも困る有様。

 安易に農民を集め、死なせ、働き手を減らすだけではなく、田畑を踏み荒らし、家を焼く。


 馬鹿どもの私欲のために負担を強いられる民が可哀想で仕方ない。


「馬鹿を申すな。敵に情けは無用。畿内の平穏を乱す者は誰も打ち払うのみ。狙うは河内国の畠山、それに大和国の筒井や興福寺だ」

「畠山家。あそこはいけませんな。今のままでは戦乱の元であることに違いなし。それにしても殿は良く働かれること」


「安心せい。おぬしにも存分に働いてもらうぞ」

「殿から受けた御恩を思えば断れませんな。しかと準備しておきましょう」



 松永には大和国方面を任せておる。

 今日の話を聞いて、調略を進めていくだろう。

 儂は河内国だな。慶興に家督を譲るとなれば、居城としている芥川山城も引き継がねばならん。京だけでなく、大和国や河内国を睨める場所を見繕っておくか。


 本貫の地である阿波から出てきて、随分時が経った。馴染んできた芥川山城ともお別れになるか。寂しいのと同時に新たな環境に馴染むことが億劫に感じる。


 どうせ変わるのなら大きく変えるのも良いか。

 将軍殿に儂の役職も強請ってみよう。あの将軍殿はどのような役職を下さるのか。

 無理難題を吹っかけて、反応を見てみるのも面白いやもしれん。


 そのお遊びが終わってしまえば、また戦に明け暮れる日々だろう。

 河内国の畠山高政は、高貴な者らしく腰の据わらぬ軟弱者。ついこの前、城を追い出されたと泣きついてきたので、三好家が支援する約束をした。


 このまま放置していては、同じことが起きるのが目に見えておる。

 河内国が安定せぬのでは、丹波国や近江国で事が起きた時に厄介だ。


 逆に三好家が河内国を押さえれば、大和国も揺らぐ。さすれば松永の調略も捗ることだろう。


 一手、一手。進める手を思い描く。相手の動きを読みながら変化していく情勢に的確な手を模索する。

 幾通りの手筋を思い描いたか。どの手筋も満足いくまで検討した。


 どのように変化しても儂に負けは無い。

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