【覇】獅子身中の虫
第百十六話 小人閑居
摂津国 芥川山城
「殿、ご報告が」
儂にしか聞こえない声が天より降りかかる。
彼の者たちは聞かせたい相手にだけ声を届けられる。
「申せ」
「阿波に潜り込ませた手の者からです。有力一族の篠原家になりやらキナ臭い動きが」
篠原家か。
今の当主である
しかし、他の者がいけない。特に弟の実長。仕事は出来るが、独善的で陰湿である。
さらに悪いことに、何故か実休と気が合うようで良く行動を共にしているようだ。
それが彼の者を増長させている。
実休は、多才で優秀だが刹那的な生き方を好む。そのため時折、自暴自棄ともいえる行動をとってしまう。それがあやつの短所。
その性格は、かつての主君である
あれも主君の妻を寝取った実休の行動が細川持隆に露見したことにより、関係が急速に悪化したことに端を発する。
三好寄りだった細川持隆は、反三好となり対立。直接、殺しはしなかったが、自害を強いる結果となった。
そもそも、その主君の妻を実休に宛がったのが、篠原実長である。
結局、渦中の女は実休の妻となり、子も産んでいる。弟の嫁ともなれば悪くは言いたくない。しかし女と実長は通じ合っている気配もある。尻尾を掴ませないあたり、何やら隠し事の匂いがしていた。
「続けよ」
「阿波国守護の
阿波公方だけでなく守護殿にまで手を伸ばし始めたか。
仇を取れなど笑止。そもお前が仇の当人ではないか。そして仇だと唆している男は、お前の主君で、俺の弟だ。
阿波公方だけならまだしも、守護殿までとなると看過出来んな。放逐するのは簡単だ。だが、実休は手放さないであろう。弟も情が深い。儂からすれば、主君を死に追いやってしまったという心の負い目に付け込む悪漢にしか思えぬのだがな。
軽々に排除できぬのであれば、守護殿の周りに人を入れて、場を安定させるしかあるまい。
「阿波公方だけでなく守護殿の周りにも手の者を増やしておけ。軽はずみな行動をさせぬよう意識を逸らすのだ」
「承知」
小人閑居。
本国の連中は碌なことをせん。
何が大事か分かれば、そのようなことをしている場合ではないと気が付くだろうに。
将軍殿という手札を押さえた今、畿内の制圧は難しくない。
畿内をしっかり治められれば、三好家に歯向かえる敵などおらぬであろう。
そこまでいけば日ノ本の戦乱を鎮める目途が立つ。
そこまでが儂の仕事だな。
あとは慶興が背負うか、将軍殿が背負うか。
儂からすれば、わざわざこのような重荷を背負いたがる気持ちが理解できぬ。
食うに困らぬ土地があれば十分ではないか。
近頃は良くそう思ってしまう。
萎えかけた気持ちを奮い立たせ、虎の子の将軍殿の様子を探るべく、松永久秀を呼びつける。今であれば、芥川山城の控えの間で待機しているはずだ。
ほどなくして久秀は、いつものように少し派手な着物を身に纏い、颯爽と現れた。
こやつは、儂の代わりにお目付け役として送り込んでいる。
将軍殿が朽木谷に籠る前は、久秀自身が小身だったため会えていない。
その分、今の将軍殿を素直に評価できると思っての起用だった。
「久秀。将軍殿のご様子はどうだ?」
「思っていたより肝が太いようで。二条法華堂での暮らしも満更でもない御様子でした」
将軍殿と儂との顔合わせでは、戦陣の気の昂ぶりが残っていたのか、少々勇ましいご様子だった。
時が経ち、落ち着いたころには、いつもの軟弱な本性が顔を出すかと思っていたが、そうではなかったようだ。儂もそうであってほしいと願っておったがな。
「お飾りの将軍と分かって当たり散らしたり、嫌味を言ってきたりせんのか?」
「それが全く。むしろ某を交えて茶飲み話をするくらいでして。お会いするのは、こちらに戻ってきてからとなりますが、かつて、京にいた頃の話からは想像できないほどに印象が違いまする。まるで影武者ではないかと思うほどに」
影武者か。相変わらず面白い発想をする奴だ。
あれほど出来の良い影武者ならば、本人はそのままご退場願おう。
「あれほど瓜二つな影武者はおるまい。儂も変化は感じておるよ。随分変わった。本人は塚原卜伝に師事したおかげだと言っておったがな」
「あの高名な兵法家の! それは驚き申した!」
「わざとらしいぞ? 知っておるくせに。しかし理由はそれだけではあるまい。いくら優れた師とはいえ、わずか数年で、あそこまで人を変えられるとは思えん。むしろ影武者の方が説得力があるわ」
「さようで。京には妖怪が蔓延ると言いますから、物の怪の類やもしれませんぞ」
「馬鹿を申すでない。京の妖怪なら御所にわんさかおるわ。貴族どもほど、妖怪の名が相応しいものはおるまい」
「何やら、先の関白様が義輝様の御正室を宛がうとか。仮の御座所ではなく、新たな御座所の造営費を出すよう、殿に嘆願されたようですな」
流石は先の関白殿というべきか。
金の無心に何の
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