第百十五話 甲斐の白虎

永禄二年 睦月(1559年1月)

山城国 二条法華堂



 俺としては、初めての京での年越し。

 二条法華堂での生活も一月以上経ち、落ち着きを見せていたが、新年挨拶の多さに驚きを禁じえない。

 腐っても将軍というのは、こういう状況を表す言葉だろう。


 京での影響力は皆無ながらも、新年の挨拶に来る有力者たち。

 彼らは明日、三好長慶さんに挨拶に行くらしい。一応、序列通りの形式になっている。


 しかしまあ、アレだね。

 動物園の動物の様に珍奇な目で見られているのは、あまり嬉しくないね。

 御簾があるから顔を合わせている訳ではないけど、そういう空気感は良く分かる。きっと、ライオンさんがいつも不貞寝していたのは、そういう理由な気がする。


 実のところ、約六年ぶりに帰ってきた将軍だから、まだまだ物珍しいのは理解できるんだけどさ。

 そのうち、将軍ひいては幕府への忠誠のために挨拶に来てくれるようにしないと。今は珍獣。それを頼れる武家の棟梁に。だいぶクラスチェンジをしていかないと辿り着けなそうだ。果たして珍獣からの進化ルートの先に将軍が存在するのかはなはだ疑問ではあるのだが。



 それはさておき、側仕えの人が増えたよ。

 松永久秀って派手めなオジサン。和田さんより二回りくらい歳が上なのに、妙に若々しい。派手な着物のせいだけじゃなくて、なんだろう。美魔女って言えば良いのだろうか。それだと女性になっちゃうから……、美魔女の男版だから美魔男びまだん? なんか言いにくいな。

 要するに、ちょい悪オヤジって感じだ。


 新年挨拶の今日くらいは、長慶さんも側にいるけど、普段は俺の側にべったりなんてしていられない。だから、腹心の部下をつけたってことだそうで。

 その松永さんね。松永さんも河内方面の攻略を任されているので、いつも一緒って訳じゃないんだけどね。


 松永さんが京を離れるときは、交代要員として三好慶興みよしよしおきくんが来てくれる。こっちは朗らかな長慶さんって塩梅だから、結構話をしていても楽しいんだ。年も近いし、ざっくばらんな性格なので、とっつきやすいのもあるかな。


 この間、お酒が好きだって言ってたから、将軍への献上品のお酒で宴をしようと提案したら、すっごい食い付いていた。あんなに嬉しそうにしてくれるなら、好きなだけ飲ませてあげようと思ったよ。


 という訳で、側仕えというか、実質お目付け役として近侍することになった。

 そのため、予想していたことだが朽木谷メンバーだけでの会議がしにくくなり、清家の里への連絡関係も頻度が減ってしまった。

 毎度毎度、人払いをしていたら密談しているってバレバレだからさ。回数を減らしてるんだよね。


 それで仕方ないので、楓さんを経由して和田さんや忍び衆に伝えるという流れになった。誰にも聞かれないタイミングというのが、閨でのピロートークしかなく何とも潤いのない会話が繰り広げられることとなる。



 そこからさらに数日。

 巷では七草粥を食べて、一年の無病息災と胃を休める意味合いのある時期に、こってり濃いキャラをした爺さんと会ってしまった。

 会いたがったのはこちらなんだけども、正直胃もたれ気味です。

 今思い返しても、胃がやられてしまいそうなくらい濃かったんだもん。



 ※ ※ ※



「上様! このような老ぼれのためにお時間をいただき恐悦至極に存じます! 私は武田信虎と申しまする!」


 出だしから声がデカいな。

 声が大きいのは戦場暮らしが長い武将のデフォなのか。

 そう考えると、朽木の爺さんたちも声がデカかったしな。


 それにしても見事な白髪なことで。

 もじゃもじゃの腕毛もピンとそり立つお髭も、全部もさもさのもじゃもじゃ。

 まるで虎さんみたい。格好良く言うと白虎?

 そんな感じの爺さんだ。


「いや、わざわざ足を運ばせてすまぬな」

「なんの! 京での暮らしも長くなり、一度は上様の御尊顔を拝せればと考えておりました次第」


「こちらでの暮らしも長いのか?」

「左様にございまする! 思い返せば十八年前。血を分けた息子に領地を追われ、駿河の婿殿(今川義元)に厄介になる始末。それからは根無草の如く、京周辺や駿河を行ったり来たりにございまする」


「た、大変でしたね……」

「そうなのです! 上様、聞いてくだされ! 晴信(武田信玄)は酷いやつなのです! 戦から帰ってみれば、今川殿へ合力の礼をするべきだと追い立てて、国境を超えたと思ったら、兵が街道を閉鎖するではありませんか! 戻るに戻れず、仕方なく婿殿の下へと向かいまして。その時の気持ちときたら……くぅぅ! 今でも涙があふれて参りますわい」

「そ、それは晴信さんが良くないね」


「分かってくださいますか! 晴信のせいで可愛い信繁や他の息子たちにも会えず、愛する女子とも離れ離れ。私めはなんとも可哀想な身の上にござりまする」


 息子さんより女子の方が力が入ってた気がするけど……。

 それに嫁さんじゃなくて女子なのか。愛人的な人だろうか。

 しかし人の色恋沙汰に口を挟んでも良いことないし、触れずにおこう。


「愛する人に会えないのは辛いな」

「そうなのです! あまりに寂しくて、駿河に新たな女子を囲ってしまいましたよ。その女子の間にも子供が生まれてましてな、いや〜、老いてからの子供は殊の外可愛いですな! 儂はもうメロメロです! そうだ! 息子や女子が喜びそうな良い京小間物はありませんかの?」


 やっぱり女子の方に力入れてるじゃん! 京小間物なんてこの時代の男の人は使わないよ?


 つうか信虎さん、六十歳超えてるんじゃなかったっけ?

 松永さんもそうだけど、年を取っても元気な人多くないか。

 戦国時代って寿命は五十年くらいのはずなのに。


「いや、儂も京に戻ったばかりで、詳しくは知らぬな。どうしてもと言うのであれば、手の者に探らせよう」

「そんな畏れ多い! 私は暇ばかりしておりましてな、町を練り歩くのも趣味のようなもの。自ら探してみます」


「信虎殿は無聊を囲っているのか。であれば、儂のところへ出仕してくれぬか? いや、しかし、それでは駿河のご子息に会えなくなってしまうか」

「いえいえ! 子供など放っておいても勝手に育ちまする。女子は……まぁ、拗ねた女子というのも可愛いものですし、機嫌取りも悪くないのでな。そういう訳で、是非とも上様のお側に」


 このお方は、武田家紐付きか今川家の紐付きかもよく分からない人。それでも長く戦陣におて経験豊富な武将には間違いない。うちに不足している現場を良く知る武将。

 直轄軍を大きくしていくには喉から手が出るほどに欲しい人材だった。


 こっちから出仕を願っておいて何だけど、これからがちょっと不安。

 どこまで信頼できる人なんだろうか。



 とまあ、そんな俺の不安をよそにキャラ濃いめ、胡散臭さMAX、女好きの爺さんは相伴衆となりましたとさ。

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