第百十四話 ハードネゴシエーション

 現代では禁忌とされている就活生に極度の緊張を与える圧迫面接。

 その原型はすでに戦国時代にあった。


 人によってはパワーパラスメントと称するかもしれない。

 それは確かに存在するんだ。今この場に。



 既に三十分は無言のまま向かい合って座っている。

 もしかすると一時間かもしれない。そのくらい長く気まずい時間が流れている。


 冷気の爆心地ともいえる楓さん。

 味方となりうる兄の和田さんは既にいない。

 楓さんを迎え入れるフリをして、そのまま出て行ってしまった。

 なんてこった。援護射撃ができるのは実兄の和田さんだけなのに……。せめて一緒に守りを固めようと藤孝くんを探したが、彼もまた、いつの間にやらいなくなっていた。


 おかしい。彼のイケメンスキルには気配遮断まで付与されているのだろうか。


 せめて会議に飽いて、かかってもいない電話に出るフリをしながら退室する程度なら、引き留められたはずなのに。彼の気配遮断スキルは一級品である。


 それよりも俺の目線が楓さんから外せないことも原因かもしれない。ほとんど周囲の景色を見る余裕がないのだ。さっきからずっと正座のように座る彼女の膝先しか見えない。


 うん。楓さんのタゲ取りは完璧のようだな。きっと今なら彼女は優秀なタンク役を務められることだろう。



「それで? 何か言うことはありませんか?」


 氷の女王は死の宣告をする。辞世の句でも言えば良いのだろうか。

 まだそこまで勉強していないから、川柳みたいなのしか出来そうにない。


「ふ、古池や、蛙飛び込む、水の音?」

「池で寒中水泳でもなさりたいのですか? 御止めはしませんよ」


 くそっ。もっと洒落の利いたやつを思い出せば良かった。こういう時はクスッと笑わせれば勝ちなのに。これの悪い点は失敗した時の被害が甚大なことだな。


「それで? 私がいないうちに新たな女子との婚儀ですか」

「いや、それはお断りしたと言いますか……」


「あら。先ほど兄上は断れないと言っていたようですが?」

「そ、そんな早いうちからお聞きになられていたのですか」


「いけませんか? 上様がご不自由されないよう急いで参りましたのに」

「いけなくありませんです。はい」


「隠れて新たな女子を見繕うだけでなく、嘘までついて私を除け者にする気なんですね」

「いえ、そのようなことはございませんです。はい」


 徹底的な服従姿勢が効いたのか、攻め口を失ったように楓さんの口撃が止んだ。

 止んだら止んだで、また気まずい空気が流れるので、どちらがマシかわからない。


 しばらくすると、ふぅと息を吐く音。


「まあ良いでしょう。私のことを考えると他の女子を娶る気にならないというお言葉をいただきましたし」

「えっ? そんな前から聞いていたの? だったらそこまで怒らなくても良かったのでは……」


「……だって一年振りにお会いできると思って急いで来てみたら、義輝様の第一声が私が来たら困る、ですよ!」


 楓さん、ぷんすこですよ。

 怒っている楓さん激かわっす。


「それはごめんって。俺も来てほしかったけど、今は困るって言うか。でも来てほしいの方が大きかったから!」

「……本当ですか?」


「本当です!」

「……じゃあ、許します。それでは……」


 良かった。無事鎮火です。

 こういう展開になるとあとは離れた期間の分だけ、熱く燃え上がるってやつですよね!

 来るか。甘々タイムが。

 でも良いよね。幸か不幸か周りに誰もいないし。


「近衛のお姫様を娶られるということで。私は、今まで通り側仕えで構いませんから」


 おっと、急に現実的な話になったな。許すってのはそっちの方?


「するとしても政略結婚みたいなものだし、形だけかな。それより楓さんは側室って形になっちゃうけど、俺の気持ちとしてはお嫁さんで――」

「駄目です! 近衛のお姫様が御可哀想じゃありませんか! ご実家を離れ、知らぬ場所で武家暮らしをなさるのですよ。ちゃんと優しくされなくては」


「そりゃあ、そうなんだけどさ。俺としては楓さんを優先したいって言うか」

「それでも駄目です。女子を大事に出来ない義輝様は好きではありません」


「そんなこと言われてもなあ。俺の性格からして嫁さんが来てくれたら大事にするとは思うけど、気持ち的には楓さんを一番大事にしたいっていうだけで」

「お気持ちは嬉しいですよ? でもまずは近衛のお姫様をお迎えしてからのお話です。御正室様となられて、私を側室として許していただけるようなら、お受けいたします」


「えぇ~。俺の意向はどうなるの?」

「もちろん御意向に沿いますけど、奥向きのことは御正室様が取り仕切るべきものですから」


「うーん、雰囲気の微塵も無いな」

「私が来ては困ると言っていた義輝様がそれを言います?」


「それは悪かったって」

「……許して差し上げます。でも、もう少し二人でお話したいです。夜に寝所に参りますから、その……ゆっくりお話合いしましょうね」


 油断させて最後にデレ!

 わたくし、楓さんに翻弄されております。

 こうなったら、夜はゆっくり話し合いをしている場合ではありません!

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