第百十三話 それは突然に
永禄元年 師走(1558年12月)
山城国 二条法華堂
例年の如く年末というのは俺にとって良くない報告が来る。
ここんとこ、そういうことが続いていて、一昨年は義弟の
どちらも年末に届いた報告が発端だった。
今年は、ほとんど戦陣にいたせいもあって、京への帰還パレードを終え、数日経っただけなのに、もう年末になってしまった。場所が変わったとはいえ、当然のように永禄元年の師走が訪れる。
さあ今年はどんな連絡が来ると身構えていると、案の定、普段接点のない人から面会希望の連絡が来た。
絶対碌でもない話だよって思いながらも、報告に来た藤孝くんに当たる訳にもいかず、相手も高貴な人なので断る訳にもいかず。
という訳で、面談することになったのだが、予想通り良くない話だった。いや、この時代に来たときは求めていたけど、今の状況になっては、あまり嬉しくないというのが実感。
だってねぇ……
「義輝殿のご帰還、近衛家一同、心よりお祝い申し上げます。つきましては、義輝殿の正室をお決めになってはいかがでしょうか。我が近衛家には、適齢期とは言い難い行き遅れの娘がおりまする。残念ながら親の贔屓目を以てしても器量良しとは言えません。性格も変わった娘にて。それのせいで行き遅れているとも言えるので、あれなのですが……。しかしながら、息子の前久が距離を取っておる様子に、麻呂は心を痛めておりまする。再び御縁を結び関係を強めてはどうかと考えた次第。つきましては是非に!」
もう、何に対しての「つきまして」か分からんくらいの力押し感が半端ない。
それにさ、こういう時って、力押しするなら上方修正して伝えるでしょうに。
親の贔屓目を以てしてもって……。代わりに性格が良いとかなら話は分かるが、性格も変わってて、行き遅れててなんて推してるのか貶しているのかわかんないじゃん。
稙家さん、娘さんを勧めているんだよね?
もしかすると、正直な人って線もあるけど、本当に勧める気ある?
……せめて、どこかお勧めポイント教えてください。
いや、分かるんだよ。立場上、正室がいないのはおかしいって。でも気になるところが沢山あってさ……。
「そうは言うが、私の母は貴方様の妹に当たります。つまり
「なんのなんの。従妹同士など珍しくもありませぬ。それよりも他の五摂家と縁を結ばれる方が問題。世間知らずな娘ですが、是非に!」
この理由で断り切れないのか! 出来れば、さっきの口実で断りたかったんだけどな。
「しかし、私には想いを通じ合わせた女子がいましてな。正室を受け入れるような心境ではないのだ」
「それでも構いません! 正室との間に子が出来ないのは良くあること。近衛家に連なる者が義輝殿の正室となることの方は重要なのですよ!」
「いや、そう言われましても……」
「分かりました。今日のところは引きましょう。次に連絡をいただく時には承諾の旨であることをお待ちしておりますぞ」
えぇ……、それ全然引いてなくない?
次の連絡が承諾って、今、承諾すると何が違うの? 気楽な独身生活が終わる執行猶予とでも言うつもりなのか。
「と、とりあえず保留とさせてください。会ったこともありませんし、本人の意向というものもありますし」
「? 当主の決定に当人の意向など関係ないでしょうに。それに義輝殿の御意向とは言え、婚儀前に顔を晒すというのも。いや、それで断られれば、娘が傷付く。さすればお優しい義輝殿が情に
「いやいや! 全部聞こえてますからね! それに前向きに検討しなくても良いですから! そのお話もひっくるめて保留で! 一歩たりとも前に進める必要ありませんから!」
「むぅ。やはり顔合わせをするしかありませんか。正式な顔合わせでなければ良いのだから、拙宅に招いて偶然庭で見かけるという形にすれば……。後はなるようになるか」
稙家さん! さっきから物騒な独り言も聞こえてますよ!
どうしたら良いんだろう。とにかくこの会話を終わらせねば!
「ともかく今はそのお話は保留で。私も京に戻ったばかりで落ち着きませんし、幕府に問題を抱えています。何より仮の御座所で花嫁をという訳にもいきませんから」
「まあ、そうですな。では三好殿に早く御座所を直させるよう声をかけておきましょう。それでは」
近衛稙家さん、京に戻ってから生き生きしてるな。しかもアクティブだし。
三好長慶さんにも声をかけておこうなんて、さすが貴族。怖いもの知らずだな。
それにしてもこの話どうしたもんか。
楓さんがいるから、もう一人の女性と結婚なんて考えもしなかった。
出自からして楓さんは正室にはなれないし、本人もそこは承知しているだろうけど、他の人と結婚なんてしたら、良い気はしないだろうな。
もちろん結婚しなきゃならなくなったって、手を出す気はないよ? そこは念押ししておきたい。私は楓さん一筋です。
って言っても信用無いよなぁ。楓さんをお妾さん扱いで、他の人を本妻にするんだから。
近衛家のお嬢さんと結婚するから、同じタイミングで楓さんは側室にって言っても逆効果な気もするし。
困った……。こうなったら、いつものあれだな。
「藤孝! 和田惟政を呼んでくれ! 話がある」
困ったときは朽木谷メンバーを集めて知恵を募る。
なんせ、楓さんは和田さんの妹。きっと良い案を出してくれるはず。
俺が正室を娶るのは反対だったと伝えてくれないかなという下心は……ちょっとしかない。
「細川殿から、話のあらましは聞きました。良いお話ではありませんか」
「今の将軍家に嫁いでくれる人は少ないだろうからね。そういう意味では良い話なんだろうけどさ」
「もしや楓のことを気にしてくださっているのですか?」
「うん。楓さんのことを考えると他の人を娶る気にはなれなくて」
「それは楓が喜びましょうな」
「だけど、正室がいない状態はいつまでも続けられないし」
「左様ですな。それは楓も承知しておるはず。和田家の家柄では側室になれるだけでも僥倖と言えますし」
「じゃあ楓さん怒らないかな?」
「怒るでしょうな」
「ちょっと!」
「仕方ないではありませんか。あれの気の強さは上様も御承知でしょう?」
「そうなんだけどさ。理想と現実の狭間っていうの? どうにもならなくてね」
「しかし、近衛家が相手となると、保留などとあまり時間をかけられませぬ。何より断るなど、もっての外ですぞ」
「わかっちゃいるんだけどさぁ。困ったなぁ。そろそろ楓さんが朽木谷からこっちに来る頃なのに」
和田さんが口を噤む。
言葉がないというより、気まずそうな雰囲気で、あらぬ方向を見ている。
彼には珍しい態度で訝しんでいると、人の気配のなかった廊下から声がかかった。
「上様は、私が来ては困るのですか?」
…………師走となり寒さ厳しい京の都の気温が一段と下がりましたとさ。ちゃんちゃん。
で終われないよね。知ってます。現実は非情だってことを。
そして俺に逃げ場はないってことを。
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