第百十九話 技術の発展に付き物と言えば

 幕府直轄軍の軍制について話し始めたのだが、付随する話もあって、ちょっと脱線が多くなってきた。しかし、話せるうちに話しておいた方が良いと判断して、そのまま続ける。


 とりあえず和絹の使い道だったな。


「和絹は着物にするには、品質が均一でなくて不向きだから大陸からの輸入品を使っているのだったね」

「はい。幾分、品質は向上していますが、高級品である絹物に用いられる水準ではありません」


 絹物は庶民の服ではないから、品質の悪い和絹は京友禅などに使ってもらえない。

 そのため、二束三文とまではいかないにしても、輸入品に比べて相当安い。

 こちらとしては、相応の値段で買い取ることで、和絹生産を促進して、大量の蚕の糞を回収することが本来の目的。


 硝石製造を大っぴらに出来ないので、和絹を引き取るついでに糞をもらっているという形を採っている。

 そのため、本来必要でない和絹が溜まっているという状況だ。


「和絹は直轄軍の隊服に使用する。簡易的な戦装束なども整え、支給しようと思う」

「それはまた豪気な。一兵卒に絹ですか」


 和田さんは相当に驚いている。それはそうだよね。絹物なんて武家でも相当上位の家柄の人しか着れないんだから。

 しかし、和絹となると話が違ってくる。


 そもそも、うちとしては和絹はカモフラージュで引き取っている不用品。売るにしても需要は多くないので数多くは捌けない。

 絹は管理に手間もかかるので、保管しているだけでも金がかかる。

 和絹自体の引き取り費用は、硝石の売却利益で十分すぎるほどに回収できる。


 となれば、仕立て費用だけはかかるが、使ってしまった方が得なのだ。

 しかも、直轄軍の人たちのご褒美にもなるし、仕立ては甲賀や伊賀の女性陣のお仕事として賃金を支払える。みんな幸せになる循環だ。


 その辺りを二人に説明して納得してもらった。


「絹だから軍服には用いれないが、それでも十分だろう。余るようなら、肌着や寝具にしても良いし、里の女性向けの着物にしても良い」

「里の者たちは喜びましょうな。以前であれば、私の奥(嫁)どころか私自身が絹物を着られるとは思いもしませんでした」


 和田さんは、かつての義藤時代に冷遇されてたんだよな。忍者っていうだけで、まともに給金も得られず、苦しい生活をしていた。服部半蔵さんも、それが理由で三河に行ってしまったし。


 廉価版の和絹とはいえ、絹物を着られるようになるなんて大きな変化だ。

 しんみりしながらも、どこか嬉しげに見える。


「これに以前、提案した背嚢を背負えば、直轄軍の正式装備だね。あれも改良されて内側に竹ひごを縫い付けてあるから母衣のように矢除けにもなって良いと思うよ」

「上様の発案の品でしたが便利と評判ですぞ。腰兵糧や火付け石などの小物が纏めて運べるので動きやすくなり、槍や弓、火縄銃などを横に括り付けられるので、移動速度も上がっているそうです」


「それなら良かった。あとは改良してもらっていた火縄銃はどうなのかな? 何か話聞いてる?」

「線条を銃身に刻むことは成功してるようです。しかし、弾丸を銃身に密着させるというのが上手くいかないようで」


 あれもなぁ。俺にもっと知識があれば具体的なアドバイス出来たんだけど。平和な世の中で普通に暮らしていて銃のライフリングの知識なんて知らないよ。


「和田さんの吹き矢の話は分かりやすかったよね。弾が吹き矢みたいに薄く広がるってのは無理があるのかな。鉛と紙じゃ素材が違い過ぎるもんな」

「一応、伝えておきますが実現できるかは分かりかねます。そうでした。銃身に線条を刻むための試作として、巨大な大筒が出来たそうです」


「巨大な大筒? なんか凄そうだけど……」

「ええ。直径が細いところでも子供で一抱えほどある大きさだそうで。線条を刻むのに、手で削ろうとして大型化してしまったそうです」


 それって大砲だよね?

 この時代にあるのか、大砲。


「そんなデカいの? 使えるの? 爆発したりしない?」

「試射では問題ないようです。しかし移動を考えると、重すぎて荷車に乗せるしかないそうです。動かすには馬か牛で曳かねば移動に難儀するとのこと。そして火薬の使用量がとてつもないとも報告がありました」


 なんか、とんでもないものが世に生み出されてしまった気がする。

 でも家康さんが大砲を使っていた気もするし、そこまで気にしなくても良いのか。

 それ以前に気にしない方が精神的に良い気がする。


「使い方が限定されそうだけど、何かに使えるかも。とりあえず保管しておいてもらって。ふぅ。装備品については、これくらいかな。あとは本題の軍制についてだね」


 いかん。ため息が出てしまった。やっと本題に移れる。


 一口に軍制と言っても、階級の呼び名は世界各国様々なものがある。

 その辺りに詳しい訳ではないけど、映画とかでは大佐とか少尉とかいたし、軍曹や曹長なんてのもあったはず。

 戦国時代だと、組頭や足軽頭、足軽大将なんかだね。

 この時代だと、直轄軍は珍しく、各地の領主が連れてきた兵を兵科ごとに集めて、身分のある人が指揮する形になる。だから練度はバラバラだし、兵数にもバラつきが出る。


 今回、直轄軍は指揮官と兵を分けることから始める。指揮官は認められた階級に準じて率いる兵数が決まり、兵は決められた単位で運用される。

 数えやすいように自己流で考えてみたのは以下の通り。


 総隊長……担当兵科の全ての兵の指揮権を持つ。

 大隊長……中隊長五人を差配する。上限五千人の部隊の指揮官

 中隊長……小隊長四人を差配する。千人の部隊の指揮官。

 小隊長……分隊長五人を差配する。二百五十人の部隊の指揮官。

 分隊長……伍長十人を差配する。五十人の部隊の指揮官。

 伍長………四人の兵を差配する。計五人の部隊の指揮官。


 イメージは千人単位を主眼において設計してみた。

 楓さんから学んだ過去の合戦からみても、千人単位で動かされることが多かったからだ。もちろん、もっと小規模な合戦もあるので、それ以下でも運用できるように細かく分けた。

 基本的には、分隊長までが通常任命され、それ以上の兵を動かす際に、大隊長を臨時で任命するイメージである。


 今現在では、歩兵隊の隊長だった滝川益重さんですら中隊長クラスでしか指揮していない。制度設計上は大きく作ってみたが、まだまだ規模は小さいし、指揮官の数も経験も足りないな。


 とりあえず、和田さんたちも異論がないようなので、この形でやってもらうことになった。ここまで用意してみたが、いつか自分たちの戦いのために出陣する日が来るのだろうか。


 俺はまだ、現実味がない日々を過ごしている。

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