【王】新たな環境

第百十一話 事業分割

 多くの時間を割いて軍事面の話し合いをしてきた。

 大きな変更点は、服部くんが清家の里に行くこと。彼には、大きくなる予定の幕府歩兵隊の分隊長を任せることにした。


 そもそも分隊長という呼称がある訳ではなくて適当に言っているだけなのだけれども。人数が多くなるのであれば、そういう軍制を整えないとな。


 それはそうと次の議題に進まねば。


「次は政務か。正直、この分野は三好長慶さんの出方次第で変わっちゃうんだよな」

「そうですね。明日に予定されている上様の帰還挨拶。おそらく三好殿が主導することになるでしょう」


 これに関しては、想定通りというか何と言うか。

 長慶さんのさっきの様子からすると、自分が取り仕切るって感じだったし。正確には、自分を上回れるのであれば、いつでも主導権を譲るみたいなニュアンスだったけど。


 長慶さんの言いなりになる訳じゃないけど、今は無理だな。

 朝廷も幕臣も親三好派で、将軍があれしたいこれしたいと言っても黙殺されてしまうだろう。そしてその行動はヘイトを稼いでしまいそうな予感がする。


 もしかすると、かつての義藤はそんな感じで好き勝手やったのではなかろうか。

 それに堪りかねた三好家の誰かが暴発して、将軍暗殺……。やけにリアルなイメージが出来てしまった。


 俺はそうじゃなかったけど、細川のおっさんとか朽木谷にいた幕臣連中も京に帰りたがっていたもんな。

 理由はどうあれ、念願叶って京に戻れたら、テンション上がって好き勝手やってしまうのは理解は出来なくもない。


 だけど力関係からして、そんなこと出来る訳もないし、やってしまったら、あいつらウゼくね?って言われるの間違いなし。日頃から刃物を携帯している屈強なお兄様方に対して、どうしてそんなこと出来るのか聞いてみたいものだ。


 いざ刃物を目の前にしたら、身分なんて役に立たないんだからさ。

 今ある身分なんて、みんなが室町幕府って形式に乗っかってくれているから担保されているだけで。

 その形式上、身分の低い人からしたら、形式がある方が不都合ばかり。むしろ無い方が良いんだよね。だから形式を破壊したり否定することを選ぶ。それが下剋上の原点。


 ある意味、現状も下剋上に近い状態。将軍の命が取られていないだけで、主権は三好家に奪われている。

 結論、今は大人しくすべきってことだな。


「みんなもそう思うよね。将軍が帰ってきたからって、いきなり政務を取り仕切る訳にもいかないし。そもそも戦いに負けて和睦って流れだから、長慶さんを除け者にして自分がやるって言っても説得力もないし。何より各所から反感を買う恐れがある」

「実力者は変わらず三好殿。明日の様相もその流れのままでしょう」


幕府の役職辺りは弄りたいと思っているが、どこまで出来るかな。

俺の言うことを聞かない細川のおっさんは管領のままだし、幕府を裏切って三好家の下で働いている伊勢貞孝は、政所執事のままだ。

更迭したいけど、タイミングを計らないと大火傷をしそうな問題だ。


「幕臣も古巣に帰ってきて、人手は余るはずだよ。今の職制を何とかしたいけど、現状では動きにくい。実際、元々滞りなく進んでいたんだし、こっちが口出す余地はほとんど無いだろうなぁ」

「残念ながら、それが現状かと」


「畿内を安定させる手腕を持つ長慶さんから学ぶ時期と思うしかないか。もちろん、三好家だけが得する政策や地方の混乱を招きそうな決定なら反対するけど」

「今は甘んじて受け入れましょう。それが我らの経験となると戒めながら」

「それしかありませんな」


「良し! じゃあ残るは外交か。外交の実務は京にいる人員で行おう。今までは石田正継いしだまさつぐさんにお願いしていたけど、彼には清家の里を拠点に忍者営業部の営業管理をお願いしようと考えている」

「営業管理ですか? 具体的には上様が差配していた部分でしょうか」


「そうだね。どこに何を売るか。相場確認や在庫の管理とか人員の派遣先とか」

「私と石田殿で忍者営業部を動かすということですな」

「御意向は分かりましたが、上様はそれでよろしいのですか?」


「ちょっと寂しいけど、長慶さんの目が光っているところで、頻繁に連絡のやり取りをすると良くない気がしてね。すでに忍者営業部も発足して五年は経つ。やり方はみんな承知しているでしょ。石田さんなら算勘にも優れているし、大名家との交渉も問題ない」

「それらを含めて、三好殿の目が届きにくい清家の里に拠点を移すというお考えですか。確かに朽木谷のように気軽にやり取りは出来ませんね」

「それならば、忍者営業部も大きくなりましたので、忍びの者も分けてはいかがでしょうか。京で私の下に付く者と石田殿の下で営業部として働く者とに」


「ああ。それは良い考えかも! こっちは護衛として人は必要だし、和田さんも三好家からの監視を考慮すれば、あまり頻繁にやり取り出来ないもんね」

「ありがたくも上様の側近とみなされておるようなので、私が動くと余計な疑念を生みかねませぬ」


 そうなんだよなぁ。

 藤孝くんと同じくらい一緒にいるのが和田さん。

 藤孝くんは俺自身のサポートで、和田さんは俺のやりたいことをサポートしてくれている。二人とも、いなくてはならない存在だ。


「和田さんには、いつもお世話になってます。それじゃあ荒事に向いている人を中心にして京に、諜報なんかが得意な人は清家の里に。これで人員配置をお願い。あとその旨の伝言を石田さんに」

「これで火縄銃販売も継続できますし、直轄軍を増やしていく資金源も維持できますね」


「うん。これで俺らは俺らで長慶さんから学んで力をつけて、清家の里でも着実に力をつけていける。やっぱり数千規模にならないと軍としても動けないからさ」

「今のまま推移すれば、そう遠くないことかと」

「軍事面、政務面の方向性は決まりました。そうなると、具体的に外交面をどうしていくのか決まれば全体的に話は纏まりますね」

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