第百五話 覇者と王者

 三好長慶さんの出迎えを受けた俺であるが、いろいろな感情が渦巻き、頭に浮かぶ言葉のどれもが口を開かせるまでには至らなかった。


 結局、俺に関しては目礼をするような形で横を素通りするだけで終わった。

 相国寺内に設えられた御休憩所に移動し、一息付く。

 本来であれば、輿を使って移動すべきであったが、戦装束のまま、馬に乗って京へと凱旋した。何となく、三好家の用意した輿を使う気になれず、輿に乗って移動するのは武士として何か違う気がしてしまったからだ。


 伝統と格式を大事にする京に帰るのであれば、輿を使うべきだったかもしれない。

 奇異の目に晒されながらのパレード中にそう思わぬでもなかった。


 でも咄嗟に断ってしまったんだ。

 貴族のように輿に乗って移動してしまうと、あの戦いが無かったことになりそうだったから。俺たちは、確かにあそこで戦っていたんだ。


 武士として戦い、幕府の復権を願い、命を散らしたんだ。確かに。あの地で。

 そこまで考え込んで気が付いた。


 ――ああ、そうか。俺の戦はまだ終わってないんだ。


 俺の戦いはこれからも続く。

 大いなる目標のために。


 これから史上最大の敵と立ち向かわねばならない。

 三好長慶さんを避けたところで状況は何も変わらないんだ。

 やるぞ。怯むな。しっかりと立ち向かえ。



 一時の休憩が終わると接見の間に向かう。

 そこには出迎えてくれた三人が控えている。

 俺は座して、すぐに口火を切った。


「出迎え大儀であった」

「上様のご帰還、我ら臣一同、心よりお喜び申し上げます」


 機先を制された三好長慶さんは軽く下げていた頭を深々と下げる。

 残る二人もそれに倣っている。


「このような形で戻るとは思わなかったがな。良い。頭を上げよ」

「では失礼して」


 軽いジャブはいなされる。

 そしてゆっくりと上げられる顔。

 視線が交差し、長慶さんがこちらをじっと見つめてくる。


 顔は面長。切長の目。濃い眉と髭。

 大きくはないその目に気圧される。


 ここで退くな。

 腹に力を込めろ。

 ここで退いたら主導権を握られるぞ。


 目線を逸らさぬよう自分に言い聞かせる。

 少しでも気を抜けば、目を逸らしてしまいそうだ。

 でもこの場は、目を逸らしちゃいけない気がする。


 長慶さんも何も言葉を発しない。

 互いが互いを見定めるかのように睨み合う。


 鍔迫り合い。

 競り合えている。


 ――この後はどう動く?

 

 完全に膠着状態だ。

 退いてはならないが押し込むことも出来ない。


 ふっと軽い微笑みを含んだ息を吐いた長慶さん。

 厳しい視線は消え去り、少し愛嬌を感じる表情へと変わる。


「随分と男らしくなりましたな。後ろに控える愚息の慶興よりも腹が据わっておるようで。これも大分揉んでやりましたが、それ以上とは驚き申した」


 褒めて……いるのか?

 馬鹿にしているような感じはしないな。言葉遣いを見れば不敬だなんだと言われそうな口振りだけど、彼を不敬だとそしれる人物はいない。

 実力に裏打ちされた態度というべきか。


「三好殿にお褒めいただき恐縮だな。ご子息は優秀だと聞く。それ以上と言われて悪い気はせぬな」

「ほう……。愚息のことをご存じか。これ、挨拶なさい」

「お初にお目にかかります。三好長慶が嫡男 三好慶興みよしよしおきと申しまする」


 そう挨拶をするのは、長慶さんの後ろに控えていた一人。

 顔を見れば、ああ親子だなと納得するほど良く似ている。

 違う点があるとすれば、目つきに厳しさはなく、大らかで人の良さそうな雰囲気があることか。


 目元は母親譲りなのか、経験の差か。

 ともかく長慶さんより、とっつきやすそうなのは間違いない。


「ああ、もう一人紹介いたします。陪臣ながら気の利く男にございます」

松永久秀まつながひさひでにございまする」


 ――松永久秀。

 あの将軍山城をめぐる攻防戦で、俺たち幕府軍を翻弄した武将。


 そんな素振りを欠片も見せずに優雅な作法で挨拶をしている。

 顔付きは、香西元成こうざい もとなりさんと同系統で、身形を変えれば山賊

 に見えそうなのに、何故か雰囲気は藤孝くんに通ずる雅さがある。

 昔、やんちゃしていたが、年を取って丸くなった感じなのだろうか。

 見た目と雰囲気の差に違和感を感じる。なんとも掴み所のない人だ。


「慶興殿、丁寧な挨拶痛み入る。松永には……世話になったな」


 俺の言葉に嬉しそうに頭を下げる慶興くん。表情も変えずに頭を下げる松永さん。

 対照的である。


 松永さんに怒りをぶつける訳ではないが、やはりスムーズには言葉が出なかった。

 こちらからすると朽木の爺さんたちの仇となるが、三好軍は騙し討ちをしてきたわけでもなく、戦の常識的な範囲内で行動したに過ぎない。

 頭では分かるけど、気持ち的に素直になれない。そんな態度が出てしまったのだろう。


「上様、そう虐めてくださるな。松永は儂の指示で動いたに過ぎませぬよ。勝敗は兵家の常。それに、あれは真っ当な戦でありました」

「そうだな。松永よ。すまなかった。儂は貴殿に含むところはない」


 長慶さんの正論に否定できるはずもなく、自分の幼さに嫌気が差した。

 含むことはないと言いながらも、わだかまりを感じてしまう。

 どれだけ覚悟を決めようと、そういうところで割り切れない部分が俺が将軍として、武士としてまだまだ未熟なんだと思ってしまった。


 それに対して大人の松永さんは、先ほどと変わらぬ態度で黙って頭を下げる。


「では、これからの話をしようではありませんか。慶興、松永、下がっておれ」


 結局は主導権を長慶さんに握られる形で、会談は本題へと移行していく。

 長慶さんに付き従う二人を下がらせて、三好家側の人間は長慶さん、ただ一人。

 こちらは藤孝くんに小姓として猿飛弥助、近侍に服部くん。


 将軍の御休憩所である相国寺。

 ある意味、敵地であるこの場所に一人で居座る三好長慶。

 かつて義藤だった頃に仕出かしてきた事柄を考えれば、何とも肝の太い男なのだろう。


 ――俺は、こんな凄い男に勝つことはできるのか。

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