第百四話 出会い
永禄元年 霜月(1558年11月)
山城国 相国寺
二条法華堂にて帰還の挨拶をした前日のこと。
将軍山城を降りてきた俺と幕臣一行は、父である先代将軍 足利義晴も利用していた花の御所に向かうつもりだった。
しかし、三好家からの使者によると、花の御所は長年手入れをされておらず、住むことが出来ないという。
元々、応仁の乱で焼け落ちて以降、歴代将軍が細々と再建して住み暮らしてきた場所だ。第三代将軍 足利義満が建築した将軍の邸宅で室町殿とも呼ばれる。
これにより足利家の幕府は室町幕府とも呼ばれることになったほど、由緒ある場所。
だからこそ歴代将軍は、なけなしの金を使ってでも花の御所を再建してきた。
しかしながら、現在は利用できないという。
そこで、一旦、花の御所に隣接する相国寺においでいただきたいとの言上である。
何でも、あの三好長慶さんが挨拶をするために、そこで待っているというのだ。さらに言うと、将軍の御座所に相応しい場所を用意していると言う。
花の御所ではない、別の場所に。
その含みを解らないほど俺も馬鹿じゃない。
将軍の御座所に見合う場所を用意する時間が合ったのであれば、花の御所を改築することだって出来た。
そもそも将軍の御座所に相応しい場所など、そこらに存在している訳はない。
どこかの寺を借り受けて、相応の格式の家屋に改築しなければならないのだ。
だから別の場所が用意できるのであれば、花の御所を手直しする時間的余裕はあったことになる。
でも、それはしなかった。
それはつまり、今までの将軍の歴史を否定するという表明。
三好長慶さんが主導して場所を決め、将軍はそれに従う。
それを内外に表す政治的配慮というやつだろう。
分かりやすい程にあけすけな態度であるが、こちらの意向など関係ない。
将軍家と三好家の力関係はそれほどに開いている。
現に俺に付き従うのは、幕臣と荷運びをする雑役夫の合わせて百名。
この状況で一矢報いるなんて出来るはずもなく、言われた通りに行動するしか無い。
三千を超える幕府軍は、和睦がなった時点で解散となった。
和睦に反対するものは、近江国へと退却していった。その筆頭は管領 細川晴元。
千はいた細川勢の大半も彼に従った。事ここに至っても、まだ戦うことを諦めないのは、ある意味で称賛に値する。
そして従う人が多かったことにも驚きを感じた。
ついていかなかった人たちは、故郷へと帰る決断をした人たちがほとんど。
少数は幕臣として俺の下で働きたいと言ってくれたので許可した。
将軍山城に残ってくれた
細川のおっさんを見限って俺に付き従ってくれる決断が素直に嬉しかった。
戦で散った仲間もいたけれど、新たな仲間も増えた。
それだけが救いだ。
和睦に従う幕府軍のうち奉公衆などは領地へと帰り、足軽衆のうち、見込みの有りそうな数人だけ引き留め、残りは報奨金を授けて帰ってもらった。
幕府としては確たる収入はないことになっており、多くの兵を引き連れることは出来なかったのだ。幕府直轄軍のことも伏せておきたかったので清家の里へ戻した。
こうして将軍と奉行衆などの文官たちが大半の一行は、将軍凱旋というパレードよろしく京の都を練り歩いている。
民衆は物珍しい動物でも見るかのような態度。
どう見ても歓迎されていないように思える。
これが日ノ本を統べる将軍に対する期待度。
どうやら京の民にとって将軍は不要の存在と成り果てているらしい。
民衆の雰囲気も俺の心の内も、凱旋などとは程遠い。
しかし奉行衆などの文官たちは、京に帰ってこられてどこか嬉し気に見える。
悔しそうにしているのは、朽木谷主要メンバーと足軽衆くらいだ。
これだけが本気で勝とうとしていた人たちなのかもしれない。
馬上で揺られながら、そんな風に考えていた。
針の筵の上にいるような凱旋パレードも終着地点である相国寺に辿り着くことで終りを迎えた。
相国寺の門前には、男が三人。
真ん中に立つ男。あれが三好長慶さんだろう。
背が高い訳でもない。ガタイが良い訳でもない。
なのに明らかに目立つ壮年の男。
軽く頭を下げ、目線は下に向けている。
それでも感じる強い眼光。
間違いない。この人が三好長慶さんだ。
少し後ろに控える長慶さんに似た風貌の若者と少し派手な着物が妙に似合うオジさん。若者は息子さんだろう。
もう一人は誰なんだろうな。
三好家の一族か誰かかもしれない。
一歩、一歩。行列は進み、俺の乗った馬は、彼らの前に曳かれていった。
心臓が高鳴る。
彼らとの距離は一メートルもない。
そして三好長慶さんと思われる男は顔を上げた。
ついに、ついに敵として思い描いていた人物との対面。
朽木谷の生活、そして陣中での生活。
俺の生活は常にこの人を念頭にして過ごしてきた。
そして今、彼と対面している。
――俺は、この人に何と声をかけるべきなのだろうか。
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