第百二話 戦いの行方
三好軍増援の報を聞き、騒然としだす将軍山城。
急ぎ軍議が開かれるが、別動隊である幕府軍がどうこうできることもなく、六角家へ報告と動きの確認をするくらいだ。
その場では、幕府軍だけでも攻撃を開始すべきだという勇ましい?意見も出たけど、三千八百程度の幕府軍が仕掛けたって、何の意味もない。
釣られて六角家本隊が出てきてくれれば、まだ良いけどそれまで戦線を支えられる気がしない。言ったは良いもののそこまで自己犠牲に溢れている訳ではなく、安易に結論を出しただけなんだろう。
周りも発言したという事実だけ受け取って、中身に触れなかった。言った本人もそれに文句をつけることが無かったので、非現実的だと理解してくれたんだと思いたい。
やるならタイミングを合わせて総攻撃しかない。
それは俺も考えたけど、電話もないこの時代では、タイミングを合わせるのは至難の業だ。
兵数の少ないこっちは、後からぶつからないと単なる各個撃破の好機を渡すことになる。それだけは避けなければならないんだけど……、今の幕府軍を俺がしっかり掌握できていない。動き出してしまっては統制の取れた動きをするのは難しいと思う。
無理やりにでも勝つのであれば、幕府軍をぶつけて、様子を見る。隙を見出せたら幕府歩兵隊に突撃させる。それくらいか。
三好長慶の首が取れたら御の字。本陣を退却させられたら上出来という頼りない作戦。
もし幕府騎馬隊があれば、さらに確率を上げられたと思うけど、そこまでの準備は出来ていない。小笠原さんの頑張りのお蔭で人員の目途は立ったけど、軍馬を大量に用意することが出来ていなかったんだ。
最後の手札は幕府銃兵隊なんだけど、一万五千を誇る三好軍、そのもっとも防備の手厚い本陣を狙撃するには、外からでは遠すぎる。
三好長慶を狙撃するのであれば、三好軍が布陣する真っただ中に入り込まなきゃならない。これも現実的ではない。
ちょっと
結論、一矢報いる方法は、味方を囮にして幕府歩兵隊に賭けるしかないという訳で。例え成功しても幕府軍が壊滅するというオチだろう。それも六角家本隊が動くという不確実な前提があったうえで。
分の悪い賭けなんて言えないくらいに酷い賭け。こんな決断は出来ないし、今の俺には、思ったように幕府軍を動かすことも出来ない。
つまりは、今の俺に出来ることはなく、六角家本隊の判断を待つというだけだ。
軍議でも、皆がそれに思い至ったようで、口を開く者はいなかった。
居た堪れない空気の中で、その日の軍議はお開きとなった。
永禄元年 神無月(1558年10月)
三好軍増援の報が入ってから月が二つほど変わった。
それでも六角家から具体的な動きを命ずる連絡はなかった。
忍者営業部が聞きつけた三好軍増援の噂は事実であり、先月末には畿内に入った。
情勢は悪化の一途を辿り、ここから挽回する術は無いように思われた。
ここまで兵力差があると、むやみに戦うわけにもいかず、かといって背を向けて逃げるわけにもいかず、六角家としては身動き取れない状態になった。
聞き及んでいる六角家の様子では、強大な敵に無謀な突撃を敢行するような状態ではなく、意見がまとまっていないらしい。ここまで来てもなお、存亡の危機とは思っていないようだ。
もう出来ることといえば、実質的に敗者と認めるような和睦をするだけ。
頭を垂れ、慈悲を請うくらいだ。そうしなければ、三万の三好軍が六角家本隊に襲い掛かる。敗走したところで、余勢を駆った三好軍が近江国に雪崩れ込む。三万の敵兵を前にしては、出来ることはほとんどない。別動隊を動かされてしまうとどうにもならないだろう。近江国には少しばかりの兵しか残されていない。このままいけば、六角家が瓦解するのは火を見るよりも明らか。
早く和睦しなければ、三好長慶の心証が悪くなるんじゃないかって心配しているのだが、その心配を余所に六角家からの動きは見えない。
そうこうしているうちに信じられない報告が来た。
三好軍から六角家へと軍使が遣わされ、和睦の提案をしたというのだ。
絶対的な有利の三好家から。
六角家は訝る重臣もいたようだが、渡しに舟とばかりに交渉の席に着いたらしい。
自分たちからは動けなかったのに、相手から来たらすぐに応じるとは……。
もしかしたら、相手から和睦の話が来たので優位に進められると考えたのかもしれない。
和睦交渉が纏まるかどうかはまだわからないけど、交渉中に戦闘は厳禁だ。
高まっていた緊張は、和睦交渉が始まったという報により落ち着きをみせた。
仮初の静謐は戸惑いを覚える。
積極的に軍事行動も出来ず、城郭を拡張することも出来ない。
ただひたすらに、和睦交渉の結果を待つだけ。
――そして、俺の運命は、その和睦交渉によって動かされていく。
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