【王】終わりは近い
第百一話 増援
永禄元年 葉月(1558年8月)
山城国 将軍山城
少し暑さが和らぎだした今日この頃。
近づく秋の気配に季節の移ろいを感じる。
新たな仲間である
肉体系の彼らは服部くんや幕府歩兵隊の人たちと仲良さそうにしている。
幕府歩兵隊は朽木の爺さんたちを助けに行った際に実力を披露していて、一種のヒーローのように扱われている。
危機に瀕した仲間を救いに来てくれた強者を敬わない人間はいない。
命の軽い戦場であれば尚更だ。
きっと俺の毛皮の陣羽織を渡したら、山賊ですねって十人中十人が言うと思う。
そういうお人だ。
胡散臭い細川晴元の部下という所が気になってたけど、わざわざ危ない将軍山城に来てくれた人だから感謝しているし、信頼し始めている。彼の働きぶりを見ていれば、疑う必要はないんだなって思える。それは三好兄弟も同じだけどね。
理由は分からないけど、如意ケ嶽からいなくなった松永勢。
そのおかげで補給路は回復し、将軍山城に籠ることに不安はなくなった。
徹底抗戦に反対する人たちは後方待機にしたので、ある程度、補給路の安全も確保されたこともあり、将軍山城の雰囲気も良い。
今は皆で将軍山城の防衛力を上げる工事を進めている。
木を切り倒す音や、重いものを持ち上げる掛け声、槌音。さながら好景気に沸くニュータウンの様相。軍事施設だから味気のないものばかりだけど、みんなの顔が明るくなってきたのは良いことだ。
土木工事ばかりやってきたので、随分効率の良い組が出てきている。幕府輜重隊もこういう土木工事や防御設備を建築を得意とする部隊にしていきたいな。
まだ経験不足でそこまでに至っていないうちに、この戦が起きてしまった。
準備不足というのは、その事態になって痛感するもんだね。
あれもない、これもないと気が付いてばかり。
だからといって、俺が不安そうにはしていられない。
そういうのは下に波及していくものだから。
ただでさえ、三好長慶さんに振り回されていた時は、次の手を恐れて不安そうにしていた。
けれども、今は一つの目標に向かって一丸となって進んでいる。体を動かして防備を整える。そうすれば自分の命を守る結果にもなる。わかりやすい目標があって、皆一生懸命だ。
不安な時って何かに打ち込めると安心できるんだよね。
そんな感じで、今のところうまく回っているかな。
俺は視察をして、声をかけてくらいしかやることがない。
だから木刀を振ってばかりいる。そんな姿を見られて以来、俺は剣豪のように噂されている。どこからか塚原卜伝師匠に師事していたことが広まったのも原因。
決して、そういう所を見せたかったんじゃなくて、一人でじっとしていると思い出しちゃうから。いなくなってしまった仲間のことを。
だから余計なことを考えないように体を動かしているだけなんだけどさ、鬼気迫る勢いで長時間素振りを続けているもんだから、相当な腕前なんだろうって噂になっちゃったんだよ。
……今までの剣術修行の半分もいかない時間なんだけどなぁ。卜伝師匠、一体普通の修行はどの程度だったんでしょうか。僕にはわかりません。
一応、そんな訳で俺を見る目が少し変わってきたように思う。この時代は強さが貴ばれるからさ。大男には恐れを抱くし、ヒョロガリには嘲りの視線が投げかけられる。
そりゃあそうだよね。この時代は強さが生き残る術で価値のバロメータなんだから。
それに死が身近にありすぎて、道徳観念が俺とは違う。
日本刀を差した大男を揶揄う勇者がいたら結末は言わずとも分かるだろう。問答無用でぶった切られるよ。だからこっちの人たちは、そんな馬鹿なことはしない。
ある意味、そういう側面からも治安は維持されている。幸い、幕府軍という由緒正しき軍隊でもあるため、問題の多い人は参加できていない。
それでも小さな諍いは起きているのだから、素性のはっきりしない寄せ集めの混成部隊だったら……。想像するのも怖いな。
話はだいぶ逸れちゃったけど、少しは俺も見直されているって話ね。
将軍山城に三好軍が寄せてくることもないから平和そのもので、軍議も落ち着いているのも理由の一つな気がする。平時であれば、身分制度を大事にしてくれるからね。
結局、軍議を開いても、作業の進捗確認や補強する場所の意見交換ばかりで目立った動きはない。必然、皆が口を開きやすい状況になっていることで俺が発言するのも許容されている。
だんだんと俺も皆も、お互いの人柄が掴めてきているので話しやすくなってきた気がするんだ。
このまま落ち着いた時間が過ぎていけば、将軍としての信頼を少しずつ築いていける気がする。
そう思っていたのに。
相変わらず主導権は三好長慶さんが握っているんだってことを思い出させられたんだ。
本願寺の蜂起という噂話を広げるために堺へと派遣していた忍者営業部からの報告で。
阿波国、讃岐国の三好軍。渡海の恐れあり。
率いる将は叔父の
兵数は一万五千。
三好軍の武将オールスター揃い踏み。
さらに歴戦の
既に京で対峙している三好軍は一万五千。つまり合流されたら兵数が倍になる。
対する六角家は一万。今の兵数差でやっと膠着状態でいられたのに、三万になったら相手にすらならない。
さらに率いる将は優秀で、身内という勝手知ったる関係。
俺には勝てる要素は見つけられない。
何とか勝てる方法を見つけるなら、今のうちに総攻撃をするくらいだろう。
勝ちを掴むにはそれだけ。そして三好長慶さんもそれは理解しているはず。
挑んだところで、兵数も多く、待ち構えている敵に突撃する戦いになるという訳だ。
相当に厳しい戦いになる。けれど、もしかしたら勝てるかもしれない。
そんな程度の話。
だけど……噂が本当であれば、何事もなく本体に合流されてしまったら。
もう勝てるわけないんだ。
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