第九十八話 去る者、信ずる者
帷幕の外に気配を感じ、護衛の立ち番に話しかける声が聞こえてくる。
「失礼いたします。細川藤孝殿がこちらにいらっしゃると聞き及び、こちらに参った次第。お取次ぎ願いたい」
外に控える忍者営業部の人に話しかける声。内容も聞こえているが、どうも藤孝くんに用があるらしい。さっき地図を取りに行ってもらった時に誰かに目撃されていたのだろう。
どっちみちこの状態では話を続けられないので、席を外して良いと藤孝くんを促す。
彼は用件に思い当たる節がないのか、怪訝な表情を浮かべて出て行った。
そのあと、話し合うような声が聞こえてきたが、すぐに戻ってきた。
「上様。お目通り願いたいものがおります」
「目通り?」
「はい。細川晴元殿の麾下でこちらに残る兵を率いる者です。一人は、管領殿と袂を分かち、危険な前線に残ることを希望したようで」
「そうなんだ。あの人の麾下ってところが気になるけど、藤孝くんは信用できそうだと思ったんだよね。それなら、その判断に従うよ」
その言葉を受けて、藤孝くんが三人の武将を連れてきた。
三人のうち一人が前を歩き、二人は後ろに付き従っている。
残る決断をしたのは前を歩く人の方かな。こっちの人が少し偉いみたい。
末席の三つの床几に腰を掛け、前を歩いていた男が口を開く。
「拝謁叶いまして恐悦至極に存じます。私は
「頼もしいな。それより後ろの二人は三好と言わなかったか?」
「三好長慶が当主の本家ではなく、分家の出にて。長きに渡り三好本家と戦っており、信頼できまする」
「そうか。管領殿の名代として頑張ってくれ。働きを期待している」
「はっ! 有難きお言葉」
話の終わりを感じ取った藤孝くんが三人に退席を促す。
三人が深々と頭を下げてから、退席していった。
藤孝くんが席に戻り、また朽木谷メンバーだけになると、打ち合わせが再開された。
議題は本願寺ではなく、先ほどの武将について。
担当というか取次となった藤孝くんが会話を主導する。
「突然すみませんでした。管領様が予想していたより大物をこちらに回してきたので、そのまま追い返す訳にもいかず。お許しくださいませ」
あのうさん臭いおっさんの部下で大物って……碌なことにならなそうな予感がビンビンする。
だけど藤孝くんが言う通り、追い返すわけにもいかないし、藤孝くん自身が悪いわけでもないし。
「気にしないで良いよ。それよりあの香西さんって大物なの? 三好兄弟よりは偉い感じそうだったけど」
「ええ。細川勢の中で管領様に次ぐ実力者ですね。正直、身分の低い者に押し付けて、実力者は軒並み後方に下がると思っておりました」
ナンバーツーですか。俺で言うところの藤孝くん辺り。
日頃ならいざ知らず、予断の許さない戦陣で藤孝くんクラスを手元に置かないというのは解せない。
「そんな人がなんでだろうね。喧嘩別れでもしたのかな」
「さて。和田殿は何か耳に入っておりませんか?」
「私のところにも管領様と仲違いをしたという情報は入っておりませぬ。それにあの態度を見るに強制された様子でもないように見受けられました」
「そうなんだよなぁ。それは俺もそう思った。そうなると自発的にってなるけど……」
「今までの細川勢の動きからすると、そこまで熱意があるとは思えませんよね」
「そうなんだよ! そこが引っかかるんだよなぁ。和田さん、香西さんは悪い人じゃなさそうだけど、念のため、理由と陣中の動きを探っておいてもらえないかな?」
「承知致しました」
とりあえず、それくらいしかできることはないよな。
立場のある人らしいし、わざわざ挨拶に来るくらいだから相応の働きをしてくれるのだろう。それよりも気になる人物がいるし、そっちも気になる。
あの兄弟はどうしたもんかな……。判断がつかないな。
少し悩む素振りを見せていると藤孝くんが的確なフォローをしてくれた。
「それと、上様が気にされていた三好兄弟についてなのですが、こちらは問題ないかと思われます」
「そうなの? どういう人か教えてもらえるかな」
「聞いた話ではありますが、あの兄弟の父親である三好政長が三好長慶と敵対しておりました。その父親が死んでもなお、三好長慶と戦い続けていると聞き及んでおります」
同じ一族でも本家と分家の争いで仲が悪いってことですか。
兄弟同士で家督争いをする時代だし、珍しくもないのだろうけど、なんかしっくりこない。考えすぎか?
「本家と分家の争いかぁ。よくわかんないけど、三好長慶さんにいきなり引き抜かれたり、裏切ってこっちの不利益になったりとかって考え過ぎ?」
「上様。多面的に物事を考えるのは重要なことですが、思い込みに引っ張られて判断することは避けるべきかと。あくまで事実を元に検討すべきと心得まする」
「そうですね。和田殿の言の通り、疑ってばかりではキリがありません。それにこれからも上様の下で働きたいという者が多くなりましょう。頭から疑うよりも信ずるに足る何かを見つける方が建設的かもしれません」
「それもそうか。わざわざ危険な地に志願して来てくれたんだし、こっちの態度も改めないとな」
「それが良いかと。監視や護衛は我ら忍び衆がおりますので、ご安心を」
何かあれば和田さんたちが目を配っていてくれるし、未然に防げるだろう。
ここまでの規模の忍び衆を抱えている武将はいないと和田さんが太鼓判を押してくれていることだし。それに一流の忍びである猿飛弥助が俺を守ってくれているのだから、きっと大丈夫。楓さんが側にいてくれたらもっと安心なんだけど。
「それは心強い。そういえば猿飛弥助も忙しそうにしてるもんな。色んな人がいるから、間者が紛れ込みやすいんだろう。後でありがとうって伝えないと」
「あやつも喜ぶことでしょう。素直ではないので悪態はつきましょうが」
猿飛弥助が悪態をつく様を思い浮かべ、誰もが皆、同意とばかりに穏やかな微笑みに包まれた。
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