第九十六話 今後の方針

 幕府軍全体の軍議を終え、朽木谷メンバーで再集合して、いつものように相談の場を作る。軍議というより打ち合わせに近いかもしれない。

 それもこれも、濃く長い時間を共に過ごしてきた彼らだからこその雰囲気。あれやこれやと意見を言いながら、より良いものを作っていく。こういうの英語でなんて言うんだったっけな。格好良い言い方があった気がするんだけど。


 まあいいや。それより内容が大事だしな。


「皆に集まってもらったのは他でもない。今後の幕府軍の動きについて打てる手を打っておきたいと思ったからだ。目の前の動きに追われていると、泥沼にはまってしまう。だからこそ、不測の事態が起きても耐えられるようにできることをやっておこうと思う」

「耐えるでよろしいのですか?」


 ここにいるみんなは、俺の言葉一つ一つをしっかり聞いてくれる。

 だからこそ藤孝くんは耐えるという言葉が気になったようだ。


「ああ。欲はかかない。今回の戦、幕府軍は勝つことが目的じゃない。幕府軍は、この場所で存在感を示せばいいんだ。主力部隊の合戦予定地の北に位置する場所を取った意義を見定めれば、それで良いはずなんだ。何より、意地を張って負けを取り返そうとすると、大負けする気がする」

「うーむ。まあ、そうなるでしょうな。まったく勝てる見込みがないという訳でもないでしょうが」


 勝てる見込みがあると思ってくれている和田さんの言葉は心強いな。

 他のメンバーも尻込みしているような顔つきをしていない。

 今までやってきたことは無駄じゃなかった。

 きっと難しい作戦でも、彼らとなら成し遂げられる気がする。


 とは言いつつも、ここは無理すべきタイミングじゃないはずなんだよな。


「そうだね。勝つ可能性もあるだろうけど、それより負けた時の損失の方が大きいと思うんだ。もともと勝つことを期待されているわけじゃないんだし、無理する必要はないよ」

「それで耐えるという言葉につながるわけですか」


「そういうこと。俺が思うにここまでの悪い流れの理由はいくつかある。もちろん三好長慶さんの戦略に負けたのも大きいけど、こっちがしっかり備えを整えていれば、あそこまで慌てなくとも良かったとも思えるんだ」

「なるほど。そして、それをさせぬようにしていたのも三好長慶の策と言えますな」


 その通り。

 三好長慶。まったく恐ろしいお人だ。

 戦国武将というのは荒々しいイメージだけど、実際、敵と向かい合わずとも相手を潰すことが出来るなんて。

 俺は、顔も声も知らないけれど一体どんな人なんだろうか。


 ある意味、信長さんより恐ろしいよ。

 押しても勝てないし、引いても勝てない。そう思ってしまう。局地戦なら勝つこともあるだろうけど、全体で見たら負けてそうな感じ。


 今回の合戦で嫌というほど思い知らされた。三好長慶さんの凄さと自分の荒さが。

 この三好家に対して、どこまで勝てば良しとするのか。俺には予想もつかない。

 そもそも六角家は、どの状態までいけば、この戦を成功とするのだろうか。


 こうやって三好長慶さんと対峙してみると、勝ちとか負けとか、そんなシンプルな話じゃないような気がしてくる。

 もっと深く、幅を持って物事を見ないと、今回みたいに致命的な見落としをしかねない。


 だからこそ、全体を見通して、少しでも穴を塞いでおかないと。


「まさにそこが凄いところだったよ。考える暇もなく次々に手を打たれて操られるように動いちゃったし。でも今回の戦いで重要な点は補給路が一つだけになっていたことかなって」

「確かに如意ケ嶽を押さえられてしまって、皆が焦っていましたね。高所を押さえられたというのもありますが」


 そう。皆が焦ってしまって冷静な判断が出来なかったのも問題だ。

 ある意味、みんなタイプが似ていて、そういう所を指摘してくれる人がいないんだよな。

 性格的には和田さんが適任だけど、忍び衆の手配やらで忙しいし、彼は従属的な性格でもある。俯瞰して観察、進言するような感じではなく、指示に従うことが多い。


 戦略眼ともいうのかな。そういうのを持ち合わせた軍師みたいな人が必要なんだろう。冷静な軍師タイプって憧れるけど、俺には適性がなさそうだ。


 そういや有名な軍師って誰だっけ?

 豊臣秀吉の軍師で竹中半兵衛とか、その跡を継いだ黒田官兵衛が有名人がいたよな。

 この時代にいるのか?

 そもそも信長さんですら有名でもないのに、その家臣になる秀吉なんて、まだ世に出てないだろうな。


 それって、もしかして豊臣秀吉をスカウトできるってことじゃ……。

 信長さんの家臣になるんだから、尾張の方を探してもらえば見つかるかな。落ち着いたら、忍者営業部の人たちにお願いしよう。


 いかん、いかん。軍師のことを考えていたんだった。って、そうじゃない。

 今はまず、この戦いを優位に進めることを考えなくちゃ。

 もともと、兵もお金もない幕府だったのに、軍師やら秀吉やら贅沢になったもんだよ。


「全体を見通して判断できる人材が欲しいな。まあ、それは置いておいても将軍山城を取りに行くときに、いったん落ち着いて、少しでも如意ケ嶽に兵を残しておけば良かった。それに補給路が複数あれば、落ち着いて取り戻すことも難しくなかったよ」

「しかし、もともと山中の進軍路でした。これでは補給路も限られてしまうのも仕方ないのではありませんか?」


「それについては地図を見ながら話そう。前に見せてもらった隣国まで載った地図はあるかな?」

「すぐにお持ちします」


 本誓寺に留まっていた時に、進軍経路について話し合っていた。

 その際に近隣諸国を記載した地図を使っていた。

 それがあるとこれからの話がしやすいので、持ってきてもらうことに。


「地図の北を見てくれ。将軍山城の北に進むと朽木谷へと向かう街道があるだろ? 山中になるけど道を探れば朽木谷まで行ける。そうすれば朽木谷の物資だけでなく、義弟の武田義統たけだよしずみさんのいる若狭国からも物資を運んでこれる。あそこには、蔵もあるし、若狭武田家からの支援も受けられる。和田さんには忍び衆を使って秘密裏に運べる補給路を探ってほしい」

「承知仕りました」


「それと、ここ」

「う、上様。そこは流石に……。そこは不入権がありますから難しいかと」


 藤孝くんが、二の足を踏むような声をあげる。

 ここが厄介なのは承知の上だけど、協力関係を結ぶだけならできないこともない気がするんだよね。

 駄目なら駄目で損はないし。話を持っていくだけでもしてみようと思っている。

 厄介なだけで怖いわけでもないだろうし……。大丈夫だよね、きっと。

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