第九十五話 本音と建前

 今回の三好家 対 六角家・幕府連合の戦いでは、主力は三好家と六角家。

 幕府軍は、陽動で、少しでも多くの敵兵を引き付けることが目的。


 山城国と近江国の国境で対陣する三好軍と六角軍。

 六角家を助けるために京の都に侵入して後方をかく乱したり、側面を突く動きが出来れば勝ちを手繰り寄せられるだろう。


 その為にも、将軍山城という絶好の足場をしっかりと確保して守り切れる体制を整えなければならない。

 あれもこれもと欲張る前に、足場を固める。動くのはそれからだ。


 苦しい時ほど楽な方に逃げないで耐える。

 これは剣術の師匠である塚原卜伝師に叩き込まれた真理だ。


 それはもう嫌ってくらい叩かれて覚え込まされた。

 あの太っとい木刀で骨を折らない程度の寸止め(肉だけにダメージを与える)を何度受けたことか。


 苦し紛れに反撃すると、それ以上にひどい目に合う。パブロフの犬状態で覚えてしまった。

 こういうのもたんを練るというのかな。何となく今もそういう状況な気がするんだよ。今は腰を据えて耐えるべきだって。


「後方へ下がり体勢を立て直すべきだという意見、手に入れた拠点を守り抜こうという意見、どちらも考えは良く分かった。そのうえで儂の考えを伝える。異論はあるだろうが、まずは聞いて欲しい」


 一度、そう区切って話を続ける。


「我が幕府軍は四千五百。このうち、五百を如意ケ嶽に、さらに東寄りの補給路に小さな砦を築き、二百を詰める。残る三千八百は将軍山城に籠り、城塞化していく」


 俺の案も結局は折衷案と変わらない。人数と配置について主導権を握った程度の発言。

 今のところ、斬新な方針を提示したところで、ついてきてくれる諸将は少ないだろう。

 この辺りが我を通す限界のように思う。まだまだ俺への信用は低い。


 だからこそ、極力俺の意見に賛同してくれる者たちで将軍山城に籠り、反対派の退却を望む将たちには後方に回ってもらう。将軍山城を守り抜くための戦いに臨むに当たって、現状ではこれが精いっぱいだ。


「確かに現実的な案とは心得まするが、誰が残るのでしょうか?」


 退却を真っ先に提案してきた将が、質問してくる。

 彼の気持ちは手に取るようにわかる。たぶん、みんなもわかっていると思うけど。

 だから、出来る限り彼のプライドを傷つけないように、望む答えを告げる。


「やはり貴重な意見を提案してくれた貴殿には新たな砦作りをお任せしたい。そこで追加の兵を募り、将軍山城へ送って欲しいのだ。その地であれば近江国に最も近く、兵も募りやすかろう」

「上様がそう仰るのであれば。某の提案したことでもありますので否とは言えませんな」


「頼む。手柄を立てにくい場所に配して申し訳ないな」

「いえ。これも幕府軍の御為とあれば某の戦功など些細なこと」


「次に如意ケ嶽には管領殿にお任せしたいが宜しいか?」

「……仕方ありませんな。また如意ケ嶽を奪われるわけにもいくまい。儂が、しかと守ってやろうて」


「……では、兵数は先の通りに。残る手勢はこちらに預けてもらう。残る者たちは、この将軍山城を万の勢でも寄せ付けぬ強固な城にするべく、力を尽くしてくれ。割り振りは貴殿らに任せる」


 このような流れで、初めて俺が主導した軍議は終わった。

 異論を挟むほどに奇抜な方針ではなかったからだろうか。敢えて否定はされなかったし、会話を遮られる様なこともなかった。


 一先ず、今できる範囲の中で満足のいく結果だったと思う。

 話は終わったと藤孝くんに目配せをした流れで和田さんへも視線を送る。


 解散を告げる藤孝くんの言葉で席を立った俺に釣られるように諸将は思い思いに散っていく。

 俺は、皆がいなくなったのを確認してまた席へと戻った。


 すると藤孝くんや和田さんを始め、滝川さんと朽木谷メンバーが集う。

 以心伝心。あの目線で気が付いてくれるとは、さすが和田さん。


 幕府軍の諸将には先ほど話した通りだが、もっと考えていることはたくさんあった。

 それを実行するには軍議という形式は邪魔になる。

 密かに手を売っておけば充分。どこからか話が漏れるのも嫌だし、横槍が入るのも面倒だ。


「皆、集まってくれてありがとう。上手く事が運ばず厳しい戦いだな。多くの仲間を失ってしまったし」

「これも戦なれば致し方なき事かと」


 戦争なんだから、人が死ぬのは仕方がない。

 どれだけ敵を殺し、いかに味方を死なせないかが戦争なのだから。

 それは知っているけど、解りたくない。どうしてもそう思ってしまう。


 大切な人が死んでしまうなら、戦争なんて起きなければ良いのに。

 今になって、頭をよぎる孫子の言葉「戦わずして人の兵を屈するのは、善の善なる者なり」。

 孫子曰く、戦に勝つよりも、戦う前に敵に勝つのが上策なのだとか。


 戦に勝っても、仲間が死んでしまう可能性があるなら、戦わずに勝つ道は確かに上策だ。

 まだ、俺の戦争論なんて薄っぺらいものだけど、それだけは間違っていないと思う。

 だからこそ……戦を起こさない、起きない世の中にしなければ。


「本来はそういうものなんだろうね。まだ納得できないけど。でも朽木の爺さんの願いのためにも、もっと積極的に動くよ。その相談もあって皆に集まってもらったんだ」

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