【王】小さな自立
第九十三話 求めるもの
心を通い合わせたとは言えない。
たった数か月の間だけ行動を共にした者たち。
その者たちのうち、五百名余りがこの地で散った。
最後の一撃を加えた幕府歩兵隊にこそ被害が無かったが、救援部隊として駆けつけた老兵百名の部隊は八割に当たる者が討死もしくは大怪我で戦列を離れることになった。
朽木の爺さんこと、
お孫さんである朽木谷領主の
俺の掲げた目標は、朽木の爺さんの願いと重なるのに。
それなのに、託された願いが重く感じる。
決して自分から降ろせない。
降ろしてはならない願い。
これからどれくらいの数の願いを背負っていかねばならないのだろうか。
俺の心情と同じくして将軍山城のムードも暗い。
朽木の爺さんたちを筆頭に、爺さん方はムードメーカーの役割を果たしてくれていた。方々に気を配り、軍議を円滑に進めてくれていたし、小さな争いごとでも間に入って収めてくれたりと目に見えぬところで支えてくれていた。
その爺さん方は、もういないのだ。
自分には幕臣たちの信用も無いし、そういうことは出来ないだろうと開き直ってここまできたが、出来なくともやらねばならぬのではないだろうか。
やらないでいる方が楽なのは間違いない。
でも、その楽な道の先に俺の望む結果はない気がする。
そして朽木の爺さんの願いも叶わない気がするのだ。
やるしかないよな、俺が。
そう思い立ったが、すぐに気持ちが萎えてしまいそうな気がしてならない。なので、急ぎ藤孝くんを呼びだす。
「お呼びでしょうか?」
「場内を見て回ろうと思う。供をしてくれ」
俺と藤孝くんは焼け落ちた将軍山城の中を歩く。
今も補修や防備のための工事は進んでいるが、最初に占拠した時のような活気はない。
働く兵たちは下を向いていることが多く、動きも緩慢だ。
一部は元気というか、作業が早くてテキパキと動いている。……あそこだけなんで早いんだ?
気になったが、俺の気分はそれどころではなかったので、そのまま通り過ぎる。
それに動きが良いのは本当に極一部で、全体的に元気がないのは間違いない。
「全体的に元気がないな。……人の事を言えんが」
「……朽木殿のことは残念でした。一色殿たち他の皆様もそうですが」
「そうだな。五百名の仲間を失ってしまった。顔も名も知らぬうちに会えなくなってしまったよ」
「……そうですね。本来、将とはそういうものですが、朽木谷で生活するようになり、仲間が増えていくと……堪えるのですね。この状況は。昔は、このように感じることはありませんでした」
藤孝くんも変わったんだな。
それだけ朽木谷の生活は良かったんだろう。
それもこれも嫌な顔せず匿ってくれた朽木の爺さんのおかげ――いかん、目の奥がジンとしてくる。
今は、泣いている場合じゃない。
――でも……爺さん、ありがとう。みんなで支え合った朽木谷の生活、楽しかったよ。
そう、楽しかったんだ。とても。それがいつまでの続くと思ってしまうくらいに。
「それだけみんなで支え合う生活が当たり前になってたんだろうなって思うよ」
「そうですね。我らは出来ないことが沢山あって、皆が出来ることをやって支え合っていました」
「そう。出来ることだけやって、後は助けてもらってた」
「そのおかげで忍者営業部は大きくなり、火縄銃製造や清家の里など直轄軍を抱えるまでに至りましたね」
充分上手くいってたよな。
この時代のことを碌に知らない俺だってのに。
チートも無いし、金も兵も無い。
自分に出来ることを必死に考えて、やってきた。
上手くいってたんだよ。前までは。
「うん、でもそれじゃ駄目だったんだ」
「駄目……ですか? ここまで幕府の力を取り戻した上様のお力は素晴らしいと思いますが」
「何と言えば良いのかな。その時はそれで正解だったんだと思う。でも今は駄目なんだ。それだけだと」
「それ以上のものを求めますか?」
それ以上なんて欲しくないよって、いつもなら言うんだけどさ。
やらなきゃなんないって思い始めちゃったんだよね。
「求めるっていうより、やらなきゃいけないって言えば良いのかな。出来ないを出来ないままにしておけなくなっちゃったんだよね、俺」
「そのようなことをするのが我ら家臣の役目では?」
「うん。多分、お願いする部分もあると思う。でも俺がやらなきゃならないこともあるんだよ、きっと」
「恐らく大変な道のりになりますよ」
「わかってるつもり。でも、やりたくないって思っちゃう時が来る気がする。そんな時支えてくれると嬉しいんだ」
「お任せを。私はいつも上様の側におりますから。……それとも楓殿の方がよろしいですか?」
想いもせぬ発言に藤孝くんの顔を見る。
彼は相変わらずのイケメンスマイルで俺の顔を見ていた。
その表情から察するに、暗くなっていく雰囲気を変えようとしてくれていると感じた。
本当にいつも傍にいて味方でいてくれる藤孝くんには頭が上がらない。
楓さんとはタイプは全然違うけど、いつも俺のことを心配してくれる。
「冗談キツイなぁ。どっちも必要だよ。藤孝くんも楓さんも。他の皆もだけどね。……さて、これからは俺が軍議を取り仕切るよ。出来ないからって甘えられる朽木の爺さんはもういないんだから」
「そうですね。想いを託された我らがやらねばなりませんね。城内が落ち着いたら軍議となるでしょう」
「やること多いもんな。死者の弔いや部隊の再編は進んでる?」
「はい。概ね終わっております。あとは将の亡骸をどうするかという点のみとなります」
朽木の爺さんをはじめ、将軍山城まで戻ってきた後に亡くなった将が多い。
この時代、死者は荼毘に付すか、首や髷だけでも故郷に戻すなどの対応をする。
しかし、将軍山城では陣僧はいるものの、敵地ともいえるこの場所で本格的な葬儀を行えるわけもなく、かといってそのまま放置して退路が開くのを待つわけにもいかない。
どうせなら、そのまま朽木谷に返してあげたいけど、暑さを増してくるこの時期がそれを許さない。
誰かが……いや、俺が決断するしかないな。
そう思い始めた時に、物見からの報告が届く。
如意ケ嶽を占拠している松永勢がいなくなったと。
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