第八十三話 穴熊の計 発動

 本陣と後備うしろぞなえ併せて二千を残し、幕府軍三千は将軍山城の麓へと向かった。

 出陣した三千は放火を予定している目標地点を目指して一丸に進む。


 俺は放火と思っていたが、この時代では、放火とは言わず、焼き働きという名が付く立派な戦術のようだ。籠城する敵に対して、城下町を焼いたり、田畑を焼いて領地にダメージを与えるのが目的らしい。それに耐えられなくて、城から出てくれば儲けもの。出て来なくても来年以降、収穫力の悪化した領地では戦力低下を免れない。


 そういった狙いで焼き働きをするそうだ。これの問題は、領民に恨まれること。占領する目的の戦であれば、やりすぎると後が困る。使い所と匙加減が難しい戦術な気がする。

 今回は、山中ということもあり、デメリットは少ない。問題は夏に差し掛かるこの時期に放火したところで、どの程度火が付くのか予想が付かないこと。


 睨みあっているだけでは仕方ないので、幕府軍としては、やるだけやってみようという認識だ。

 千単位の兵が手に松明を持ち、火を付けて回るのでいくらか燃え広がるだろうと朽木の爺さんは言っていた。


 三千の兵は、如意ケ嶽からみて将軍山城の奥側を目指す。そこから半分に分かれ、火を付けながら戻ってくる。三好軍からすると京への退路を断たれ、如意ケ嶽方面にしか逃げられないようになるという予定だ。上手く火が付けばという前提ではあるが。


 仮に焼き働きの部隊に襲い掛かってきても良い。

 三千を半分に分けても千五百。三好軍は二千。無いだろうが、三好軍が全軍で襲い掛かってきても、本陣からの後詰で挟み撃ちに出来る。焼き働き部隊と交戦しているうちに将軍山城を占拠しても良い。

 そこから逆落としをかければ、一気に勝敗が決する。


 結局は打って出てきてくれれば、こちらは優位に進められる。

 守将の三好長逸みよしながよし松永久秀まつながひさひでは、既に城を離れている。

 城を守っているのは、松永久秀の弟の松永長頼まつながながより。その下にだいぶ格は落ちるが、岩成友通いわなりともみちという三好家の奉行衆の男、そして、かつて政所執事として幕府に仕えていた伊勢貞孝いせさだたかである。

 この二人は、文官寄りの人物なので実質的に脅威となるのは、経験豊富な松永長頼ただ一人。


 今、まさに攻め時なのである。上手く火が付くことを祈るばかりだ。



 将軍山城の奥から濃い白煙が上がる。

 燃焼促進剤として、各所に配された硫黄が燃えているようだ。

 これが倒木や木々に燃え広がれば、穴熊の計の第一段階が成功となる。


 白い煙は左右に分かれて城を包み始め、火付け作業は順調に推移している。

 しかし、煙が上がるばかりで、火の手が上がったようには見えない。

 別動隊は、付くも付かぬも関係なく一団となって移動する。

 大半は護衛部隊であるが、枯れ木や硫黄を配する部隊が前側、火を付けていくのが後ろ側。下がりながら火を付けていく流れだ。

 火災に巻き込まれぬよう策の成否に関わらず、如意ケ嶽に戻るような動きを取る。



 やがて三好軍が籠る将軍山城の西側。京と城を繋ぐ場所。まさに将軍山城の退路ともいうべき場所から火の手が上がる。

 燃え広がるペースは遅いものの、硫黄が燃える煙と生木が燃える煙と相まって、かなりの量の煙が将軍山城を包む。

 三分の一、いや半ば成功したか。西側の退路を断てたのが良かった。これなら三好軍本隊からの援軍も近寄れないだろう。


 将軍山城では雑兵たちが右往左往している。

 これに乗じて城を攻めるのもアリか? いや、火の手がどこまで進むか読めない。攻めているうちに、こちらが火災に巻き込まれては意味がない。三好軍にも動揺が走っている。

 動きが出るまで待つしかないか。


 今は、危険な任務をこなしている焼き働き部隊の帰りを待って、彼らを労うべきだな。どのみち如意ケ嶽に兵は少ない。そして俺の号令ですぐに動く兵はもっと少ない。じれったいが今は待つしかできない。



 焼き働き部隊が戻り、将たちも全員揃った。

 誰が声を掛けるでもなく、軍議が始まる。ひとまず策が上手くいったこともあり、皆の顔に精気がみなぎっているように思える。


「朽木殿。穴熊の計いくらか上手くいきましたな」

「そうさな。城まで燃え上がってくれれば良かったのだが、それは望み過ぎかの」

「将軍山城に籠る三好軍も肝を冷やしたことでしょう。退路は火の海。援軍が来ても遠回りをせねばならぬ状況。成功ではないでしょうか」


「さよう、さよう! この後、火が消えても西側は見通しが良くなった。城攻めをするにも、援軍に備える意味でも、こちらが有利になったと言えよう!」

「このまま穴熊の計を続けて禿山にしても良いのだがな。時間がかかりすぎるわい。三好軍に動きがあれば良いのだが」

「なにやら将軍山城の城内は慌ただしい様子。元より総攻めを受ければ落ちかねぬ城。もしかするともしかするかもしれませんぞ。ここは相手の動きを待つのも一考」


「ふーむ。皆もそのような考えかの? そうか。では上様。一旦、様子見をするということでよろしいでしょうか?」


 早く動き出したかった俺の気持ちに反して、軍議では様子見することに傾いた。

 無理に攻めて死傷するより、戦わずに勝つ可能性を選んだようだ。

 何より幕府軍は陽動部隊。激しく戦うことを予定していない。

 兵も将も心構えも出来ていないのだろう。


 考えてみれば幕府奉公衆も御伴衆も身分の高い人たちばかり。戦功をあげなくても身分は保障されてるんだよな。だから無理する必要なんかないんだ。

 今、気が付いたけど、これは幕府軍の弱点となるかもしれない。


合戦地図作ってみました。

近況ノートに貼っております。

https://kakuyomu.jp/users/rikouki/news/16817330658275979619

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