第八十二話 城内不和
強さを増す日差し。騒ぎ出す虫たち。夏の到来を感じる。
大層盛り上がった軍議から十日ほど経った頃、俺は待ちきれず、忍びを束ねる和田さんに進捗を確認していた。
「惟政。進捗はどうだ?」
「既に城内に噂が広がっております。
「上手くいっているようで何よりだ。このまま睨み合っていては六角家本隊の負担が増えてしまうからな。本当はもっと早く動きたくてウズウズしているよ」
「順調に進んでおりまして、一安心です。そろそろ大きな動きを起こしましょう」
順調か。良かった。
計略を仕掛けたのは三好家の長老格に超有名武将の松永さん。
上手くいかないかもと心配していたが、甲賀忍びは伊達ではないということかな。
それにしても大きな動きとは気になるな。
守将の二人に不和を招いて防備の円滑な連携を取りにくくする目的だったはずだが。
「大きな動きとな?」
「はい。忍び込ませた者たちは三好長逸勢、松永勢それぞれの雑兵に扮しております。その者らが率先して喧嘩騒ぎを起こし、不和を加速させるのです。城に籠りきりの雑兵は鬱憤を溜めておるでしょうから簡単に火が大きくなるかと」
「さすが惟政。抜かりないな。それでいこう」
「では早速」
明くる日、和田さんに誘われて、藤孝くんとともに砦で一番高い櫓に登った。
「あちらです」と将軍山城の方向を指さされ、遠眼鏡でその方向を見ていると城内の一角に兵らしき豆粒がチラホラ見えた。
そこへ三人組の雑兵と思われる兵が、一人で行動していた雑兵に声を掛けたようだ。
分かって見ているからか、声を掛けた方の三人組は大げさに動いているように思えた。そのうち手に持った槍の石突で小突いたり、足蹴にしたりし始めた。
その動きは次第に激しくなる。これは喧嘩というより、リンチのようだった。
しかし、思ったよりダメージを受けていなかったのか、一人の方の雑兵は蹴とばされた後、意外としっかりとした足取りで逃げていった。
程なくすると逃げ去った雑兵は、仲間を十人ばかり連れて戻ってくる。
そうなると今度は立場が逆転して三人組が暴力の波に呑まれた。
今回は仕返しだったからか最初から勢いが激しく、三人組は地べたに蹲ることしかできなかった。一通り殴る蹴るを終えると散っていく十人。
残された三人は、よろよろと立ち上がると別の方向へ去っていく。
その後の結果は予想の通り。二十人以上入る集団が駆け回り、獲物を探す。
そして、それ以外の集団も出来始め、そこかしこで取っ組み合いとなっていった。
騒ぎの声が聞こえそうなほどにヒートアップした城内。それは長く続かなかった。
騒ぎを聞きつけたかのように登場した身分の高そうな侍が仲裁している。
お偉方の登場に雑兵たちは互いを睨めつけながらも離れていった。
その日はそれで終わったが、次の日、そのまた次の日も小競り合いのような喧嘩が発生し、その都度、身分の高そうな侍が仲裁していた。
その日くらいからか、将軍山城に出入りする騎馬武者が増えた。母衣を背負っていることから、使番(伝令役)と思われる。
和田さんが主導した守将同士の不和を誘う計略は上手くいっているようだ。
さらに二日後の昼。ついに将軍山城に大きな動きがあった。
明らかに身分の高そうな武士が物々しい護衛を引き連れて城を出た。
少し間を開けて、もう一組。
どちらも京方面に向かっていた。
俺は逸る気持ちを押さえて、報告を待った。
天高く上がる太陽はなかなか降りて来ず、焦れても焦れても報告はない。
剣を振り、気を紛らす。
終わるころには、影が伸びてきた。
小屋に戻り、座禅を組む。差し込む光は赤みを帯びていない。
小屋に夕餉の膳が届く。
陣中食なので、将軍といえども大したものではない。
朽木谷に逃れたばかりの頃のような味気ない食事だった。
いや、それ以下か。今は楓さんの給仕がない。
夕餉を腹に詰め、灯明を消し、座禅を組みなおす。
外からの光はもうない。
わずかに感じ取れる気配。
小屋に近づくと足音が大きくなる。
変わらない小さな気配。大きくなる足音。これは和田さんだろう。
わざと足音を立てて、近づいていることを気づかせる。彼なりの気遣いだ。
「上様。将軍山城に忍ばせていた者より報告がありました」
「続けよ」
待ち望んだ報告。
前口上すら邪魔に感じる。
「ここ数日の城内の騒ぎが京の
「策は成功したようだな」
「そのようで」
「明日早朝から穴熊の計を実行する。各自準備を済ませておくよう通達せよ」
「かしこまりました」
策は
これで一手。次なる手は穴熊の計。城に籠る三好軍を燻し出して、野戦を挑む。
幕府軍五千 対 三好軍二千。これだけの兵力差なら、俺が凡将でも勝てるだろう。
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