第七十六話 本誓寺での軍議

 本誓寺の一室に集められた諸将。

 管領の細川晴元のおっさんを筆頭に家柄の良い御伴衆などから席を占めていく。

 外様衆などの家柄の低い者は部屋の外や廊下に控える。


 御伴衆や奉公衆は、呼びかけに真っ先に応じてくれた忠臣ばかり。

 彼らは、総じて年嵩で隠居した当主という身分の者が多い。おそらく、嫡男に家督を譲って参陣したものと思われる。


 年齢が高いおかげなのか、皆が幕府や将軍に対する敬意を持ってくれている。

 将軍の膝下で戦えることを誇りに思ってくれているそうだ。

 白髪交じりどころか、白髪だらけだったり、髷が結えないような人たちばかりなのに意気軒昂で、とても元気だ。そして声もデカい。


 他に来てくれている奉公衆などは若い分家などで、これもまたお家の主流ではない者たち。何となくだけど、若い人ほど、幕府への忠誠心が薄いように思える。


 全体的に身軽に動ける身分の人たちばかりだから、呼びかけに即応できたのかもしれない。


 室内に据えられた床几が埋まり、藤孝くんが声を張り上げた。


「皆さま御集りの様子。これより軍議を始めます。皆さまにはお知らせしたとおり、六角家より山城国へ侵入し、京を窺って欲しいとの要請が来ました。これより幕府軍がどう動くのか、皆さまのご意見を賜りたく」


 改めて説明しなおす藤孝くんの言を聞き、にわかに色めき立つ諸将。

 中には腰を浮かす者さえいる。うん、爺さん連中は元気だな。

 そう思っていると部屋の外でもガヤガヤとした空気が広がっていく。

 年齢に関係なく、この現状に飽いていたようだ。


「ついに来たか! 六角めが大きな顔をしよって」

「我らのような格式高い家柄の者にあれこれ指図するとは片腹痛い。まあ、それなりの酒を用意しておったから許してやってもよかろう」


 あれは一色さんと湯川さんだったかな。しわがれているが、張りのある銅鑼どらを鳴らしたような声で嬉しそうにお二方。どっちも古くから御伴衆や奉公衆を補任されている一族の年長者で、諸将の中でも一目置かれている。気にしていないのは細川のおっさんくらいだ。


 この人たちは口が悪いけど、豪快な感じで陰湿ではない。

 六角家への文句というより、ウキウキして軽口を叩いているように感じる。

 もしかすると、廊下に控える若手たちの鬱憤うっぷんを晴らすために、あえて泥を被っているのかもしれない。そのくらい邪気が無かった。


「我らの働きを上様にご覧にいただく機会がやっと来たな」

「おうよ! 六角の子倅が、あまりにも待たせすぎるので、危うく陣中でくたばっちまうかと思ったわ!」


 全然お元気そうですが、やる気がみなぎっていて何よりです。

 現代では笑えない爺さんジョークのように聞こえるが、この人たちは本気で言っている。朽木の爺さんもそうだが、死に場所を戦場でという考えが根強い。

 決して死に急いでいるという訳ではなく、死ぬのであれば最後に一花咲かせたいという考えのようだ。


 実際、酒宴になると昔の手柄話や戦で死にそうになった話などの武勇伝が尽きることなくて、閉口したと藤孝くんが言っていた。


「お待たせして申し訳ございません。それでは、我らがどう動くか、ご意見はございますか?」


 その藤孝くんが、会議の流れを軌道修正し、当初の議題へと戻す。


「六角家の指示に従うのは癪だが、このまま山に分け入り、国境に進むしか無かろう」

「さよう。三好家は将軍山城という先代様(足利義晴)も籠られた城に入った様子。我らは、それより高所の如意ケ嶽を押さえるのが肝要と考える。そこであれば、三好家の動きも手に取るようにわかるであろう」


 将軍が山で陣営を築き、三好家が将軍山城という城に入るというのは名前だけで言うとおかしく感じる。

 しかし、地図を指し示しながら説明を受けると、理に適っていた。

 如意ケ嶽は、近江国に近く、山城国の間に横たわる他の山々より高いようだ。


 対して、将軍山城は京の平地に程近く、京への出入り口を守るような位置にある。

 そこを占拠できれば、京の街への牽制としては文句なしだが、当然三好家はそこを押さえて、幕府軍を足止めしようとしている。


 となれば、一色さんたちの意見の通り、まずは如意ケ嶽に陣取り、将軍山城を望むのが最善手だろう。

 そう思って頷こうとしたのだが、予想もしなかったところから異見が述べられた。


「将軍山城は先代様が籠られた縁ある城。天下を簒奪した三好に占拠させておくなど以ての外。我ら細川勢も千の兵を有する。総勢五千もおるのだ。将軍山城は、すぐさま奪い返すべきである」


 今まで不気味な沈黙を守ってきていた細川のおっさんが殊勝なことを言い出す。

 しかし、どう聞いても無理筋な意見で、現実的ではない。

 何を考えているのだろうか。


「もちろんですとも! 将軍山城を奪い、京を窺うことこそ本来の役割。必ずや三好どもを追っ払ってやりましょう!」


 一色さんが同意とばかりに返事をするが、細川のおっさんは意見を聞いてもらって嬉しそうにするわけでもなく、鼻で笑うように返事をして終わった。

 一先ず、軍議の方向性は定まったのだが、終わり方に気持ち悪さを感じた。


 あのおっさんは何を考えているのだろうか。

 今までの経緯からしても、将軍家に敬意を持っているようには思えない。そして将軍家のために動いているとも思えない。

 きっと、今回の発言も何か意図があるのだろう。


 今のところ、軍議の足並みを乱すために口を挟んだようにも思えるし、主導権を握られたくなかったようにも思えた。

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