【他】傲慢

第七十七話 高貴なる者

近江国本誓寺


 謀議の様相を呈す寺の一室に、使番(伝令役)が報告に来た。


「御屋形様、我らが陣容は整いましてございまする」

「それだけか?」


 使番は予期せぬ質問を投げかけられたとでも言うかのように、言葉に詰まって阿呆のような顔を晒しておる。

 確かに報告すべき内容であったが、話を遮ってまでする報告では無かった。

 この使番は、そんなことすら分からないのであろうか。

 せいぜい末席の者に耳打ちすれば良い話である。


「はっ?」

「それだけの報告のために、儂の時間を無駄にしておるのかと聞いておるのだ!」


 言葉を重ねてやって、やっと理解しおったようだ。愚か者との会話は疲れる。

 儂のような高貴な人間が有する時を下賤な者に使われるなどあってはならない。


「も、申し訳ございませぬ!」


 近臣が軽く首を振り、下がるように合図をすると、使番は、まるで逃げるように去っていった。


 得も言われぬ緊張感に包まれる一室では、誰も口を開かなかった。

 その空気感はいつもの如く。そうなれば家臣どもは顔を見合わせるばかり。

 誰もが失態を咎められぬようにこちらを見向きもしない。


 誰でも気に食わぬことがあると機嫌が悪くなるであろう。

 儂は、そうなると話すのが面倒になり、いちいち説明するのが億劫になる。

 だから言葉を端折るのであるが、それで理解できるものは少ない。


 案の定、今回の使いの者は理解できなかったようだ。

 その事実が儂をさらに苛立たせる。


 家臣どもはそれを知ってか、このような状況になると口を閉ざす。そのような腫れ物に触るような態度がますます癪に触る。

 儂のような高貴な者の考えを余人が理解できるわけもないと己を慰め、怒りを腹に収める。


 若き頃より癖になっている扇子を開いて閉じるという行為。気が付かぬうちにやっている癖である。

 主にイラついた時に勝手に手が動く。思った通りに事が運ばないとジッとしていられない。


 こういう時は、家臣どもを揶揄って気を紛らわせるに限る。

 そう思い立って目に入った家臣に声を掛けてやる。


三好宗渭みよしそうい三好為三みよしいさよ。本家当主との戦いとなるが覚悟は出来ておろうな?」

「元より承知のうえ。我ら兄弟の覚悟は出来ておりまする」


 こやつらは、三好の分家の出身で我が細川京兆家の家臣である。

 憎たらしい三好長慶みよしながよしと縁続きであるが、便利なので使ってやっている。

 本来であれば、反逆者の一族として血祭りにあげてやりたいが、兵を動かすのに慣れておるし、長慶を潰した後に三好家の勢力を吸収するためにも残しておかねばならない。


 せいぜい使い潰して、用が無くなれば消してくれよう。

 十七代も続く細川京兆家に歯向かうものなど許すことなどあり得ぬ。

 宗渭そうい為三いさは父親の代から本家と対立しておる。本家への恨みは大きく、さぞや激しく争ってくれるであろう。


「身内だからと言って、手心を加えぬようにな。もしそのような動きが見えればお主らを処分せねばならんのでの」

「ご心配には及びませぬ」


 自信に満ちた顔にイラつきを覚える


「ふんっ。どうであろうな。口だけでは何とでも言える。前線に配してやるから命がけで戦ってこい」


 少々、戦働きが出来るからと言って、己が有能だというような顔をするでないわ!



 このくらい頭を押さえつけておけば、土壇場で腰砕けになる事はあるまい。

 青二才の将軍も毎度の如く腰砕けになって、三好と和睦しよる。

 先ほども念入りに釘を刺しておいたが、まだまだ足らんだろうな。


 死にたがりの老将どもには、最後の奉公として敵しか見えぬようにし、戦場に慣れぬ若造どもには、幕府軍の正当性と三好家の悪辣さを吹き込んでおけば良かろう。

 戦うしか能の無い馬鹿者どもは、喜び勇んで三好家に突きかかるであろうて。


 青二才の将軍が腰が砕けようと、将兵らが先走れば、開戦待ったなしであろう。

 泥沼化すればするほど良い。こちらに引き付けておいて、丹波や河内の者どもを蜂起させる。さすれば、あちこちに火の手が上がり、三好は本国へ逃げかえる羽目になろうぞ。


 三好家には畿内を領する正当性が無い。力で奪い取った畿内の地では、最後まで奴らの味方になるような地侍はおらぬはずだ。畿内は幕府を差配する儂が治めるべき地である。


 歴史ある王城の地は、歴史ある名家の細川京兆家が導くのがあるべき姿。

 守護代は守護代らしく本国で守護の補佐をしておれば良いのだ。

 今度こそ不当に奪い取られた京の都を奪い返してくれようぞ。

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