第六十七話 後悔は先に立たず
俺と叔父・甥の関係である
(※
現関白の
家人から聞き取った情報では、数年前から
もともと将軍 足利義晴から一文字貰い、
この改名は幕府との関係が悪化するのではと、口さがない貴族連中が噂していたそうだ。本人は意に介さず改名を押し切った。
いくら足利義晴が既に死亡しているとはいえ、自分から改名するのは後ろ脚で砂をかけるようなもの。
もしかすると、この頃から幕府と距離を取るつもりだったのではというのが家人の言である。
着々と再戦への道が定まりつつある。
関白である
そうなると六角家の危機感も、あながち間違いではない。よって出陣は避けられない。この情報を得てから、藤孝くんを始めとした文官衆を総動員して幕府奉公衆へ書状を送っている。
とにかく数を集める必要があるので、近隣国の浪人者にも兵を募っていると声を掛けている。顔も名前も知らない。数合わせのための徴兵。烏合の衆で、あの三好家と立ち向かわねばならぬとは。
幸いなのは、火縄銃と弾薬が豊富にある事。
今の清家の里の生産量は月に百五十丁。幕府銃兵隊は五十名となっているが、どうやっても自前では使い切れない。
これは、仕方のないことで、そもそも射撃の腕前が高い者しか銃兵隊に入れなかったからだ。
火縄銃の数は揃えられるが、硝石の確保が難しかったので、数を増やさなかったという側面もある。
硝石といえば、来年辺りから清家の里でも忍び火薬の製法で作っている物が析出できるようになる。今、行っている家屋の床下の土から析出するよりも効率的かつ大量に析出できる見込みだったのだ。
そうなると硝石に余裕が出てくるので、別の計画が始動できるようになる。それは、鉄砲足軽隊のように腕前ではなく、火縄銃の操作に慣れた程度の部隊を作ることだ。
それもこれも硝石作りが軌道に乗った以降の話だと考えていた。要はタイミングが悪かったと言える。
こういった経緯もあって、火縄銃の在庫は約三百丁ある。幕府銃兵隊には、各自二丁ずつ配備しているので、全て余剰分である。
これは資金に余裕が出来て、受注生産ではなく、常時生産に切り替えていたおかげでもある。
この在庫は六角家に優先的に販売する。いくらか安く譲って本隊の火力を底上げしておこう。こちらが無事でも、六角家が立ち直れないほど負けてしまっては意味がない。
今回の合戦での最高の結果は、俺が生き残って、六角本隊が勝利。晴れて京に凱旋すること。最低条件は、俺が生き残り、六角家も大きな損害を受けずに敗走すること。
最低条件のどちらか欠けても、三好家に再び対峙することは叶わなくなる。
負けるにしても力を残しておかねばならない。
余剰在庫の火縄銃と硝石などの弾薬は六角家に売却し、少しでも勝率を高めておこう。
何より、それ以上に出来ることはそう多くない。
忍者営業部を動かして三好家の動きと会戦予定地の偵察。あとは若狭武田家に合力を願う。
これくらいだろう。俺の手札は多くない。出陣のタイミングも、どこで会戦するのかも選択肢は俺にはない。
せいぜい目立つように動いて三好家を少しでも引き付けるだけだ。
こっちが数を多く引きつけられれば、それだけ本隊の六角家の勝率が上がるのだから。
数少ない出来ることを終えると、自室へと戻る。
戻っては見たのだが、一人になって部屋にいても、時が刻まれる一秒一秒が耐えられない。
ぞわぞわとする気分は、俺の余命が短いぞと身体が訴えているようだ。
このまま座していても落ち着かないので、素振りでもしようかと立ち上がりかけたところで楓さんが訪ねてきた。
特に身の回りの世話が必要なタイミングではない。何か話があるのだろう。
彼女は部屋の端に座り込むが何か喋るわけではない。
前のように近づいて座るような雰囲気でもなく、楓さんが口を開くのをジッと待つ。
固く結んだ口を開いては、また噤むという動きを繰り返す。
何度目かの逡巡。ついに声を発した。
「あの……、その……。……いえ、何でもありません。失礼します」
何か言いたいことがあるのに、それを振り切るように否定した彼女は、具体的なことを言わずに去っていった。
彼女の言いたかったことは何なのだろうか。何となく言いたいことが分かるような気がするが、俺の想像でしかない。
そして、その答えは考えていても出ない。
また部屋に一人になってしまった。彼女が来てくれたおかげで、ぞわぞわとする不快感は消えていたが、それはまたやってきた。
仕方ない。素振りでもしてくるか。身体をいじめ抜かないと夜も寝れそうにない。
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