第六十三話 衝撃の事実
俺の存在意義。自分が何故この世に生を受けて、この地に存在するのか。
師匠に問われて答えることが出来なかった問題。
多分、戦国の世に来なくても、その答えなんて見つけられずに生きていたように思う。
今の目的というか目標は決まっている。戦乱の世を終わらせて、皆が安心して暮らせる平和な世の中にしたい。領主の私利私欲で民が虐げられないようにしたい。
そのために幕府を再興し、抑止力となる。
多分これが着地地点である。ただ、何となく綺麗事のように感じてしまって現実感が無い。
戦乱の世を平和に導くなど、大いなる目的過ぎて現実感が無いのかもしれない。
おそらくこの辺りが、俺の存在意義などがハッキリしない原因なのではと思える。
こんなことって令和の世の中で真面目に考えることなんてなかったし、このまま自分の中で答えが出そうにもない。
こうなったら本音で話せる楓さんに相談してみるのが一番良い気がする。
「楓さんに相談があってね。入り口脇じゃ遠いからこっち来て」
呼び出した楓さんは、いつものように入り口脇に控えて用件を聞く体制になる。
だけど、今日は何か言い付ける訳じゃないから、そこだと話しにくい。なので正面に円座を置いて、そこに座ってもらうことにした。
「ち、近いですね。正面では恥ずかしいので、横にズレてもよろしいでしょうか? それに私には敷物は不要ですから」
そう言うと俺が座する畳の斜め45度に座る楓さん。
何となく距離を感じたので、俺が楓さんに近づくように畳の端へ移動する。
ちょっと驚いていたけど、あえて離れるようなこともせず膝が触れそうなくらい近くになった。うん、この座り位置も悪くないな。
「今日は相談したいことがあってね、俺には平和な世を作りたいっていう目標があるのは話したよね? でも具体的にどうするか。どうしてそうしたいのかっていうところが曖昧で、しっくりこないんだよね」
「義輝様は、幕府を強くして力をつけるとおっしゃっていましたね」
「うん。それは間違いじゃないと思うんだけど、自分なりの軸が無いっていうか。他の諸大名も立場こそ違うけど、やっていることは同じじゃん」
「義輝様の軸ですか」
「そうなんだよ。考える根底のものというか判断基準というか」
「義輝様の根底には優しさが溢れていると思いますよ。物事を決める際にも発言される際にも、お優しさが滲み出ています」
「俺って優しいの? あんまり自覚ないけど」
「義輝様ほどお優しい方にお会いしたことはありません。身分の隔ても無く私のような下賤な女にも優しくしてくださいますし」
「優しくするのと身分は関係ないでしょ」
「そうやって思えるのが優しい証拠ですよ。私はそういうところ好きです」
ぐはっ! 何気ない一言がクリーンヒットですよ!
初陣を経験してから、楓さんのデレが発動される回数が増えてきた気がする。やっぱり男は大人の落ち着きが必要なのか! そうなのだな!!
「楓さんは、優しい男が――――」
楓さんとリラックスした会話を続けていると、庭の方からゾワゾワする気配を感じた。
思わず、バッと庭の方を向いてしまうほどに。もちろん、自室は庭に面してなどいないから見える訳も無いんだけど。
最初のころ、暗いから庭の側の部屋が良いと言ったら、襲撃者から身を守るためですから我慢してくださいと藤孝くんに諭されてしまったのは苦い記憶だ。
あれは駄々っ子をあやすような諭され方だった。
「
「え? ここからでも分かるの?」
「わかりますよ。いつも外出される時とお帰りの時には。おそらく味方なので、そこまで気配を断っていないからだと思いますけど。此度ばかりは、いつもと違いますね」
「なんだろう。心配だからこっちに来るように声を掛けてくれない? 多分俺が追いかけたら逃げ出しちゃうから」
楓さんが部屋から出て行ってボチボチ待たされた頃。
嫌そうにしている猿飛を引き連れて部屋に戻ってきた。せめてもの抵抗なのか、部屋に入ってすぐのところに座り込む。
楓さんは先ほどまで座っていた位置に着座。案外、俺の横に座るのが気に入ってくれてるのではと考えてしまうが、それは置いといて、猿飛に意識を向けねば。
相変わらず居ると思えば認識できるが、存在感が無さ過ぎて、居ないと思えば見失ってしまいそうな奴である。
先ほど感じたゾワゾワする感じも無く、いつもの猿飛に戻っているようだ。
彼は居心地が悪そうに背中をポリポリと掻きながら言い訳をし始める。
「あー、ごめんよ。殺気が漏れたまま戻ってきちゃってたなんて。今回は敵を始末するのに、ちょっと手こずっちゃってイライラしちゃったんだよ。あんちゃんに気配を読まれちゃうなんて一生の不覚。情けなくて情けなくて、ご飯も食べられなくなりそうだよ」
「そこまで言う?!」
「あはは。冗談だよ。最近は気配を察することが出来るようになってきたんだね。まあ、それもまだまだだけど。あのおっかない爺さんのおかげだね」
「おっかない? 師匠は気の良い爺さんじゃないか」
確かに著名な剣豪という時点で腕前は恐ろしく立つのは間違いないし、斬りかかられたら一瞬で終わる。けれども、そんな事する人には思えないし、何というか親愛の情っていうのかな。孫と爺ちゃんって感じがして怖くないんだよな。
「おっかないさ。どれだけ遠くに潜んでいても気が付かれているもの。あの爺さんを気の良いなんて言えるのは、あんちゃんくらいじゃない。その図太さは称賛に値するよ」
「えっ? 俺って図太いの?」
「……ええ、まあ。でも義輝様はお優しいですよ!」
いや。そこは図太いってところを否定して欲しかったな。それと楓さんには、俺の良いところは優しいだけと認識されているのも地味にダメージを喰らう。もうちょっと褒めるバリエーションが欲しいです。
「あんちゃんほど図太ければ、それはそれで長所になるね。おいらは、そうなりたくないけど」
いやいや! お前も結構図太いからな! こう見えても将軍だぞ! その俺にそんな口を聞いといて図太くない訳ないだろ!
まあ、いつもの軽口だから、そこまで言わないけどな! 俺って優しいから!
「もしかしてずっと守ってくれてたのか? 遊んでたんじゃなく」
「そうだよ? あんちゃんが最初に言ったんじゃないか。大切な仲間を守ってくれって。だから、おいらずっと朽木谷に忍び込んだ間者を始末してたのさ。偉いでしょ?」
やばい。猿飛の言葉が嬉しすぎて、感情が押し留められない。いま声を出したら震えてしまいそうだ。
いつも遊んでばかりいると思っていた猿飛から、そんな言葉が聞けるとは。今日は素晴らしい日な気がする。
「ありがとう。猿飛。その言葉を覚えていてくれて」
「なんだよ~。おいら、しんみりした空気苦手なんだってば。もう行って良い?」
「うん。本当にありがとうな。猿飛の言葉を聞いて、すっごく嬉しい」
「へいへい。そうだ。今日の敵は、かなりの手練れだったよ。暗殺専門のね。そろそろ三好も本気で殺しに来てるみたいだよ。それが長慶が命じたのか、三好家の誰かが命じたのかは知らないけどさ」
「そ、そうか……」
すたこらさっさという効果音がしっくりきそうな勢いで出て行った猿飛。とんでもない置き土産を残して。
猿飛の言葉を聞いて、今日はなんて日だ! と思わずにはいられなかった。
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