その道の行く先は
第六十四話 目指すべき道
いや、猿飛や護衛の忍びの仲間たちが守ってくれているからこそ、平和に暮らせているのだった。
何となくそうかなと思っていたが、剣術修行のお蔭で人の気配を察することが出来るようになり、猿飛との出来事もあって、はっきりと認識した。
そう認識すれば、目に見えるところ以外に気配を感じたり、はたまた居なくなったり多くの人が俺を守るために懸命に働いてくれているのだと理解する。
日の目を見ることもなく、護衛者に気が付かれるわけでもなく。もしかすると、その任務で命を落として言った仲間もいるかもしれない。知らされていないが、猿飛が
和田さんからは、そういう報告はないけど、忍びだからとか任務遂行のためだからと差し止めていたのは想像に難くない。それか俺への気遣いかもしれない。
そういうドライでもあって優しくもあるところは和田さんらしいと言えば和田さんらしい。
朽木谷に籠って四年になる。その間、たくさんの人が仲間になってくれた。その仲間が俺のやりたいことや思い付きを具現化してくれてきた。
和田さんを筆頭に藤孝くん、服部くん、楓さん、猿飛に滝川さん。それに小笠原さんは各地を巡り小笠原流弓馬術と礼法の指南をしながら、騎馬隊の準備を進めてくれている。
剣術修行を始めてから自分に軸が無いと悩んでいたけど、自分を中心にこれだけの人たちが集い、頼ってきてくれた。俺は、彼らが
そう思えば、自分に軸が無いのではなく、自分に軸となる決意が無かっただけだと気が付いた。純粋に仲間を守る。仲間の大切な人も守る。次第に仲間の輪が大きくなっていくと、その輪は日ノ本全土に及ぶ。そうなれば日ノ本の民を守ることと同義だ。最終的な目標と重なる。
今はまだ、数百人の仲間と共に歩むだけで精一杯。それを数千、数万、数十万と広げていきたい。仲間だからと言って全員が同じ考えでなくとも構わない。
仲間同士で安心して暮らしていける世の中にしたい。
考えてみれば最初から言っていたことと同じ。簡単なことだ。俺の気持ちとは、つまりそういうことだったのだ。
うん。これで良いと思う。一番しっくりくる。
逗留先の屋敷の庭にて稽古をつけていた卜伝師匠。
話をしたいと申し出て、縁側へと場所を移した。
「師匠、私の目指すべき道が見えた気がします」
「ほう。それは良い兆候じゃな。して、どう
したい?」
「やはり目指すべきところは変わりません。日ノ本の民が安心して暮らせる世の中を目指します」
「それで? その心は?」
「今は仲間になってくれた人たちを守りたい。そして出来ることなら、その仲間の大切な人も守っていきたい。それが次第に大きくなって日ノ本全土に及べば良いなと」
「守るためか。険しき道を選びおって。攻めるより守る方が圧倒的に難しいのじゃよ。それは理解しておるかの」
日頃のからかいは鳴りを潜め、丁寧に言葉を紡ぐ卜伝師匠。
言葉を区切り区切り、意思を確認してくる。
その顔は憂いを含んでいるように思えた。
「わかってはいるつもりです。それに簡単だろうが難しかろうが、私はその道を進みたいのです」
「そこまで言うなら師である儂がとやかく言うまい。ただの、攻める側なら身を捨てて刺し違えて勝ちを拾うこともある。しかし、守る側は相打ちでも負けじゃ。険しい道であることに間違いはない。守るために捨てねばならぬこともあるじゃろう。心しておくが良い」
守るために捨てなければならぬこと。
将軍たる矜持か。それとも人を愛することか。今は何なのかわからないし、師匠にも分からないだろう。
でも言いたいことは痛いほどに良く分かった。
「師匠の御言葉、心に留めおきます」
「そう、かしこまらずとも良い。いつか嫌でも実感するじゃろう。その時にお主の真価が問われるじゃろうて。剣でなくとも良い。何かしら武芸修行を続けて胆を練っておくことじゃ。それが窮地に陥った時、お主の支えとなろう」
「剣でなくともですか? 何かお別れのような言葉ですね」
「お前さんが決めた道を進むなら、別れも近かろうて」
「そんな! まだまだ剣の腕前は未熟です。師匠には、まだまだご指導いただかなくては」
「そうじゃな。未熟どころではないの。くぁっかっか」
卜伝師匠……今までの良い雰囲気が台無しですよ。
「ちょっと! 今、結構真面目な話の流れだったじゃないですか!」
「すまん、すまん。ついな。お前さんは素直過ぎて、つい
「それ、絶対褒めてないですよね?」
「美徳だとは思っておるよ。じゃが、素直すぎて相手の思った通りに事を運ばされるじゃろうな。進むしかないと思った時は、一度立ち止まって周りを見回すと良いやもしれん」
素直すぎるか。
相手のペースに巻き込まれるのは良くあるもんな。それどころか、こっちに来てからはずっとそうだった気もする。
常に選択を迫られて、決断をしてきた。
義弟殿の件もそうだったし。
ああやって助けるしかないと思ってたけど、他にも道があったのかもしれない。
「進むしかないと思った時に立ち止まる……」
「ま、思い付きじゃから深刻に考えんで良いぞ。しかし、一之太刀も伝授したし、儂はもう要らんだろう」
「全然ですよ! 一之太刀と言っても全く理解できませんし、兄弟子との試合稽古で勝てた例がありません!」
「言うたであろうが。剣は手段であって目的ではない。儂は、勝つための兵法を伝授すると。それに、一之太刀は一つではない。お主が概念を昇華して自分自身の一之太刀を完成させるのじゃ」
将軍が剣を習う意義。
薄々勘付いていたけど、将軍が剣豪であるべき理由はない。もし、楓さんに将軍が剣豪になったからといって何になるのですか? と問われたら答えられない気がする。
いや、楓さんは優しいから、良く頑張りましたねと言ってくれるはずだ。
何にせよ、散々走って、棍棒もとい木刀を振って一年以上。そこまでハッキリ言われてしまうと立つ瀬が無い。
「え~! じゃあ何で剣を。それに自分自身の一之太刀なんて……」
「胆を練るためじゃよ。性根の座っておらん奴に大望を為すことなど出来んからの。それにお前さんは将軍じゃろう。将軍が剣が強くて何になると思っとるのじゃ。戦場でお前さんが剣を振るっている時点で負け戦。そこまでいったら逃げるが勝ちじゃよ」
「そりゃそうかもしれないですけど」
「それにの、奥義だなんだと言ったところで、それは勝つための手段に過ぎん。勝てれば奥義などなくても構わんのじゃ。ある意味、それが一之太刀の神髄でもある。よくよく考えてみなされ」
そう言うと、師匠は立ち上がり、稽古に戻っていった。
俺の方を振り返ることなく、伝えるべきことは伝えたというばかりに。
その背中は、大きく見えた。
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