奥義『一之太刀』
第六十一話 一之太刀
弘治三年(1557年)
「何度も言わせるな! ガチャガチャと剣を撃ち合わせるでない!」
「そ、そんなこと言われても……っと」
ガツ、ガツと堅い木々が撃ち合わされる音を掻き消すように怒鳴り声が響く。
何とか兄弟子からの攻撃を何とか受け止められるようになったが、それはそれでダメ出しされていた。袋竹刀での稽古の段階は過ぎて木刀での対峙となっている。
何でも袋竹刀では打たれても良いと思ってしまう気持ちが慢心を誘うとかで、ある時から木刀に持ち替えさせられた。
兄弟子たちの腕前は遥か彼方の高みにあるので、打たれても骨が折れるようなことはない。きっちり痣で終わり、骨にダメージを与えないようにする寸止めなのだ。寸止めとは言え、肉には当たっているが。骨までの距離で寸止めなのだ。
もう一寸か二寸離して止めてくれれば肉の方も安全なんだけども。
そう言ってみたことはあったが、攻撃すれば攻撃されるのじゃ。身をもって学べと却下されてしまった。
そして、相手の攻撃を刀で受けるなという無茶振りを受けている。
「何度も言わせるな! 刀で受ければ刃こぼれして大事な場面で敵を切れぬぞ!」
「けど攻撃から身を守るには木刀で受けないと」
「このわからんちんめが! 手本を見せてやる!」
師匠は俺と打ち合っていた兄弟子の木刀を受け取ると、俺と対峙する。
何気ない立ち姿から、すぅっと木刀を持ち上げ、上段に構える。
「思いっきり打ち込んで来い」
「いや。既に打ち込める気がしないんですが……」
気負っているわけでもなくて、単に木刀を振り上げただけの姿勢に過ぎない師匠に打ち込める気がしない。
気を抜いているとも違うし、覇気があるようにも見えない。でも足が動かない。
真剣勝負の場のような緊張感も無くて、お爺さんが木刀を上に挙げているだけにしか見えないのに。
「面倒臭いのぉ。まあ良い。じゃ、こっちから打ってやろうか」
「いやいや! 俺からいきますから!」
スー、ハーと息を整え、腹に力を込める。
フッと息を吐きながら足を踏み出す。
剣術修行を始めてから何千回も素振りを繰り返してきた切り落とし。
考える必要もなく、体がスムーズに動く。
シッ。
バキッ!
「いってぇぇぇ」
切り落としを仕掛けた方の俺の手が痺れて痛い。
何とも言えぬ痛みに両手を腹に抱え込むようにして、のた打ち回る。
そんな俺の姿に目もくれず師匠は言い放つ。
「こうじゃ。わかったか? 避けられないなら攻撃される前に攻撃すれば良いのじゃ。……おーい、聞いとるか?」
「それどころじゃないですって。手の骨が折れたかも」
「特別に木刀の峰を打ってやったのだ。手の骨が折れる訳が無かろう」
何とか無様にのた打ち回るのを止め、立ち上がれた俺だが、手の痺れが取れず幽霊のような体勢になってしまっている。
「ううう。相手の刀と打ち合わせないんじゃ無かったんですか?」
「じゃあ、いつも通り手首に振り下ろしてやれば良かったかの?」
「いえ。絶対やめてください。手首の骨が砕けます」
手加減してくれるとは言え、肉の薄い手首を打たれたら骨が無事に済むわけない。
「それほど力を入れとらんよ。せいぜい骨にヒビが入るだけじゃろうて」
「それでも充分重傷な気がしますよ。一体、なんで俺から切りかかったのに俺がのた打ち回る羽目になるのか分かりません」
「それが儂の
「簡単に言ってますけど、それが出来たら苦労しないと思うのですが……」
「かんたん、かんたん。相手の刀が届く前より早く、相手の手首を切り落とせば良いのじゃからな」
「俺が真似たら、普通に斬られていると思います」
「うーん……たしかに!」
「ふざけないでください! 修練を積んで鋭い太刀筋になれば師匠のように
「それは無理じゃな。お前さんが放っても、ただの切り落としになるじゃろう」
ちょ、ちょーい! 普通、師匠の技を伝授・継承していくのが流派ってもんじゃないんですかい!
「そんな。すぐとは言いませんけど、いつかは教えていただきたいです」
「先に言うたろ? あれは儂の
良く分からない……。確かに
「じゃあどうすれば良いのでしょうか」
「自分で見つけ出すしかあるまいて。
「
もっと良く分からなくなった気がする……。
師匠の口振りからするに、とても重要なことを伝えようとしてくれているように思える。しかし、俺には毛筋ほども理解できず、師匠の言葉をなぞるだけしかできなかった。
「ま、今日は終いにしよう。大いに悩め。答えは己の胸の中にある。自分はなぜ存在するのか。何を
師匠は、とても楽しそうに謎掛けをして去っていった。
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