室町武将史 名も残らなかった男たち
幕間 掲示板回ならぬ井戸端回です
ここは、甲賀にある隠れ里。その清家の里に住み暮らす名も無き男たちの物語である。
男たちは、日々課される厳しい訓練を終え、井戸端で汗を流す日課の最中。
「いやー、今日の訓練も厳しかっただなぁ」
「滝川様は加減ってもんを知らんよな」
「加減なんて言葉、ここに来てから聞いたこともねえ」
ガハハと笑う彼らは疲れ切った様子だが、一様に表情は明るく、やり切った満足感を内包しているように思える。彼らが、日々課されている訓練内容からすれば、疲労困憊であるのは間違いない。しかしながら、その様子が見られないのは、話に出ている滝川様のおかげか、皆の性格によるものか。
「ここに来たときは、自分で地獄へ足を踏み入れちまったと後悔したもんだで」
「いやいや、地獄なんて生温い。根を上げたところで止めさせてくれねえ。かといって里から逃げ出すことも出来ねえし。朝起きる度に、いっそのこと、一思いに殺してくれと何度思ったことか」
「それはみんな通る道だよな。お前さんは中途組だから、なおのこと辛かったろうに」
「辛いなんてもんじゃねえや。先輩方は普通に走っていくし、おら一人ついていけねえで、山に取り残された時はどうしようかと思ったもんだ」
「ちゃんと分かっとるで。益重様が必ず後ろから見守ってくれとる」
「そんなん最初に分かる訳ねえべな」
「その話は知ってるぞ。山ん中でベソかいてたってもっぱらの噂になってたな」
「ベソなんてかいてねえべな! 里に戻るために星空を見てただけだ!」
「星を見るのに随分顔を拭っていたそうじゃねえかい」
「星を良く見るためだっちゅうに! まったく!」
そうかい、そうかい。と先輩方はからかいを程々で止める。明るく暮らせるために笑いは必要だが、過度に笑うことはしていない。仲間内の笑い話で終わらせるつもりなのだろう。
「そういや、先輩方の槍は手が込んどるなぁ。儂のは、ただの素鎗だで」
「山を駆ける訓練で一等を取ると、槍を加工してくれるのさ」
「儂らの槍は、各自に支給されるもんだからの。みな愛着を持っとる。槍を飾るのも強くするのも頑張り次第だべな」
「儂も早う自分好みの槍にしてえもんだ」
「お前さんの好みかい。まずは槍と話し合うんだな」
「そんなことできるもんかい」
「服部様はそう仰しゃっとるべ」
「ああ、服部様の言うことの方が、まだ分かりやすい。滝川様は自分の中の理を見出すとか言ってたな。アレばかりは難しすぎて理解できん」
「そもそも理っちゅうのは、何だね?」
「何だって。それはそのー、ほらアレだよ!」
「アレって何だね?」
「それは何度も訓練で一番を取ってりゃ見えてくるもんじゃねえかな」
「そんなもんか? まだまだ遠くて敵わん」
「最近は益重様のご子息様が一等を独占しとるでな」
「そういやあのお方は、槍の柄を朱漆で塗りたくろうとしたらしいぞ」
「あっはっは。利益様っちゅうのは図体はでけえが子供のようなお方だもんでな。明るくて派手好きとくりゃあ、槍も目立とうと朱色にしようとしたんだべ」
「滝川様とご親戚とは思えんよ。性格は正反対だで」
「違ぇねえ。そういや、滝川様は山駆けに負荷を加えるとお考えのようだんべ」
「まだ上があんのかい?!」
「この前、益重さんを背負って走ってるのを見たやつがおる。それだけじゃねぇ。切り出した丸太を担いでる日もあったとか」
「かなわんなぁ」
「ああ、訓練が厳しくなるのもそうだが、滝川様は必ず危なくないか自分で試される。しかもそれだけじゃない。知ってるか? 普段は歩兵隊や銃兵隊の指導をした後に、儂らと同じくらいに山駆けしてるようだ」
「儂らなんて、訓練が終われば飯食って早々寝ちまうっちゅうのに」
「まったくだ。だから滝川様の訓練が厳しくとも、頑張れるってもんさ。お忙しい滝川様に出来るなら儂らにも出来る。信じてついていくしかあるまい」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます