歴史は巡る

第五十七話 間の悪い来訪者

「お初にお目にかかります。某は常陸国鹿島の住人 塚原高幹つかはらたかもと。今は塚原卜伝つかはらぼくでんと名乗っておりまする」

「御高名はかねがね。この朽木谷にも伝わって来ておる」


 実際は知らないんですけどね。ここへ来るまでに藤孝くんから聞きかじった知識でお話しております。とてつもなく有名な剣豪さんのようで諸国を遍歴しながら修行を積んでいるとのこと。


 結構なお爺ちゃんで、剣豪と言われても信じられない見た目。髪型は総髪で後ろに流して緩く結んでいるから、そう見えなくも無いんだけど、雰囲気は田舎のじいちゃんみたいだし、服部くんみたいにムキムキという訳でもない。

 体付きは和田さんに近い細身でしなやか。武辺者にありがちな顔に刀傷があるなんてこともなく、どこをどう見ても好々爺という結論に至ってしまう。


「お恥ずかしい。某など鉄の棒きれを振り回すしか能の無い身。誰一人として救えておりません。大樹公(将軍の異称)にあらせられましては、近頃、面白き動きをされておる様子。それに興味を持ちまして、朽木の御所までお邪魔した次第」


 著名な剣豪と知らなければ、そうなんですかと同意したくなる見た目なのだが、こんな見た目でも恐ろしいほどの剣の腕前。うかうかと同意は出来ない。

 それ後半の話が気になるところ。若狭への戦から戻ってきたばかり。今回の戦は内密に行った作戦である。全く縁のなかった塚原師にバレることは無いと思うのだが。


「面白い動きとな? いったい何のお話やら」

「おやおや。素晴らしいお働きをご認識でない様子。では僭越ながら某からお話し致しましょう」


 ごほん、と喉を改めて滔々と話し出す塚原師。

 一体何を話し出すやら身構えてしまう。


「昨年は長尾家と武田家との合戦の調停に乗り出し、不要な流血を防がれましたな。そして長尾家には不足しがちな米を融通されておるようで。そのおかげで越後国内の相場が下がり、周辺国である信濃や甲斐、上野などにも米が手に入りやすくなっております。各地にいる弟子たちは、とても助かっておると申しておりました」


 ……全然知らんかった。米の相場がどうのこうのって考えもしなかったよ。

 普通に売れるから米を売っていただけなんだけど、周りの国にまで影響が出ているとは。


「そ、そうか。日ノ本の民の生活が楽になったのは何よりだ。御師の弟子は各地にいるのだな」

「さんざん廻国修行の旅に出ておりましてな。勝手に弟子が増えていくのですよ。とまあ、巷に知られておる事柄しか知りませんでな。それ以上のことは、某には知りうる訳も無いことにござる」


 何か言葉以上の意味を含んでいるように感じるのは気のせいだろうか。

 最後の言葉要る? これって知ってるけど言わないでおくよって意味でしか言わないよね。


「朽木谷に逼塞しておる身では、それくらいのことしか出来ぬのでな。諸国の漫遊できる御師が羨ましく思える」

「なに。その気になればいくらでも飛び出せるではありませぬか」


「その気になれば、か」

「さよう。大樹公は武家の棟梁。外に出ようと何をしようと咎める者はおりますまい」


 何を言いたいんだろう? 京に戻っても三好の傀儡。他に行っても御輿として戦や政争に駆り出されるだけの身。武家の棟梁など有名無実なのは、この時代の共通認識だ。

 もしや三好家の回し者なのか?


「建前ではな。それが理想の将軍像であろうとも、今はそうではない」

「理想は追われぬので?」


「余の理想は、日ノ本の民に安寧がもたらされることだ。将軍の権威を取り戻すのは、理想を叶えるための手段でしかない」

「それはご立派にございますな。……して、どうなさる?」


 最初の好々爺の印象はどこへやら。段々と抗いようもない圧力を感じるようになった。

 単なる言葉のやり取りが真剣勝負のようにヒリヒリとする。

 こっちの動きを察知した三好の回し者ではないのか? しかし、そういう意味で探っているようには思えない。

 どちらかというと単純に俺の腹を探りに来ているようだ。単なる一武術家が何故そこまで気にするのだろうか。


 理由はどうあれ、経験の差でも修羅場を潜ってきた数でも太刀打ちできない。腹の探り合いなどしていても勝てないのは分かり切っている。

 唯一負けない方法は、この場を打ち切って立ち去ることくらいだろう。


 だが、思い付きのまま、この場を去ってはいけない気がする。


「幕府の復権を果たし、日ノ本の民が安心して暮らせる世の中にする」

「米を売ってですかな?」


「それは一つの手段だ。金を貯め、兵を養い、力をつける」

「なるほど。既に外に出るほどには力を付けられたのですな」


 とても自然体に斬り込んできた塚原師。咄嗟のことに言葉が出なかった。


「見ていたわけではございませぬよ。大樹公にも他の方にも合戦後特有の殺気が残っておりましてな。それで当たりを付けただけにございまする」

「殺気か。随分落ち着いたと思っていたが……わかるのか?」


「ええ。それが飯のタネですからな。して合戦に出ていかがでしたか?」

「皆の働きには満足しておる。満足できぬのは、自分自身の弱さかな」


 何でか素直に話したくなる人だな。自分が弱いなんて、仲間の前では言えない言葉だ。唯一言えるとしたら楓さんくらいだろう。


「ならば剣を学びませぬか?」

「強くなるためか?」


「剣の強さなど、世を平和にするという高尚な目的からすれば何の役にも立ちませぬよ。剣の修行はあくまで手段。勝つための兵法。大樹公には、それを伝授いたしたく」

「御師。よろしく頼む」


 最初から最後まで手の平で転がされていたように思える。でも、それは不快ではなくて、正解に導かれているような感じがした。

 弟子がどんどん増えるというのも納得だよ。塚原師に教えを請うのが当然のように思えてならないのだから。

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