第五十五話 反省会

 若狭国での戦闘を終え、朽木谷に戻ってきたわけであるが、主要メンバーはそのまま反省会へと突入する。場を改めて、いつものように屋敷に集合である。

 今回は、軽く埃を払った戦装束のままである。さっさと終わらせて、思い思いに休んで欲しかったからという俺の意向による。


「みな、疲れているところ悪いな。記憶が鮮明なうちに話し合っておきたくてな。まず礼を述べる。義弟殿のためにありがとう。そして今回が幕府軍の初陣となったわけだが気になった点はあったか?」


「では某から。今回の出陣は幕府軍総出でした。作戦の性質上、全員が兵士として出陣しましたが、一般的な合戦となれば輜重隊が必要です。そうなると百二十人の兵士の中から人手を割かねばなりません」


 実質的に総大将だった和田さんからのご意見である。敵方の粟屋勝久勢も輜重隊を連れていた。矢の予備や食料、陣幕などを運ぶ役割で基本的には非戦闘員である。だから敵方三百人という報告の中には含まれていない人員だった。


 一方、こちらは奇襲して即離脱という作戦だったから持てる分だけでの行軍。たまたま輜重隊は要らなかったから百二十名という数字となった。

 和田さんの言う通り、通常の合戦であれば何割か兵数が減っていただろう。


 もちろん、輜重隊も戦うこともある。しかし、物資の輸送という重大な役割を持つため常に前線に張り付いている訳でもないので、兵数としては読みにくい。


 結論として輜重隊が別途必要となる訳だ。戦える人を輸送部隊に回すのも勿体ないしね。


「確かにそうだな。滝川さん、清家の里で生産職に向かなくて、歩兵隊にも合わない人っている?」

「多くはありませんが。全体で集めた人員の一割か二割ほどですかな」


「それなりにいるね」

「はい。ただ歩兵隊も相応の能力を求めますので致し方ないところです」


 集団であれだけ一体感を持って動けるというのは、やはりレベル感というか身体能力的にある程度求められる水準があるんだろう。


「それは仕方ないさ。そういう人たちで輸送が主任務の輜重隊を作れないかな。平時は近場で商品の荷運びとか、蚕の糞を運んだりする仕事もあるし。今回の行軍で道が悪かったから、軍道の整備や陣地構築なんかの土木作業も任せたいところだけど」


「なるほど。歩兵隊より平時の仕事もあって良いかもしれませんな。おお、道普請などは歩兵隊の者共にもやらせましょう。良い訓練になりそうです」


 おっと。歩兵隊のみんな。ごめんよ。知らぬところで新たな訓練メニューが増えてしまった。今回は俺のせいじゃないよ?


「では、清家の里に戻ったら順次、始めてくれ。あと思ったのだが、火縄銃の持ち運びは不便ではないか? 今は台尻を掴んで肩に置くだけであろう?」

「はあ。確かにそのように持ち運びますが、火縄銃とはそういう物でしたから」


 そうなんだよね。俺のところにある初期の種子島。つまり日本に入ってきた火縄銃の原型と今の形はほぼ一緒である。

 でも、今回狙撃を任せるにあたって、銃兵に一人二丁預けている。その様子を見てちょっと不便だなと思ったのだ。


「そうかもしれぬな。ただな、台尻の下方と筒の部分に紐のような物を取り付ければ、肩に掛けたり、たすき掛けのように背負えるのではないか?」

「なるほど。カラクリ部分に気を付ければそれも可能ですな。さすれば手も自在に使えますし、走りやすそうです」

「そして敗走する際にも、火縄銃を放り捨てて逃げずに済むと」


 いや、和田さん。そこまで言ってませんよ? 命大事にで逃げる事優先で良いんだよ?

 言いたいことは分かるけどね。あんな重たい鉄の塊を持って逃げるのは大変だしさ。火縄銃は高価だから逃げる度に捨てていったらお金がかかって仕方ない。

 

 一般的な武士は自前で買うから大事に抱えて逃げるかもしれないけど、うちは貸与制。

 大切にしてくれていると聞いているが、命と天秤にかけなくても良い。

 もちろん持って帰れれば、これ以上ない事には変わりないのだから、和田さんの言葉もあながち間違ってないのか。


「方向性は良さそうだね。じゃあこれも併せて検討してみて」

「承知いたしました」


 これでいくらか話が進んだな。あと気になるのが一つあるのだけれど、今の時代にはまだ無さそうなんだよな。

 さてどうやって伝えたものか。


「あとは荷運びだな。各個人が兵糧や弾薬、薬などを腰に括り付けていたが、量を運べないし、移動の邪魔だ。機動力の高い我が部隊には、ここを改善したい」

「輜重隊とは別にということですね」


 藤孝くんは、こういう俺が話しにくそうにしている時に上手に合いの手を入れてくれる。


「そうだ。移動の阻害にならず、手を自由に使える状態が良い。余が考えているのは背負子のように背負えて、袋状にしたものだ。激しく動いても中身がこぼれず、背面の防備にもなる」

「母衣のような役割にもなると」


「そうだな。母衣武者は弓矢から背面を守るためにも母衣を膨らませるようにして背負うのだったな。そう思ってもらって良い」

「お考えは良く分かりました。楓に試作品を作るよう申し付けておきます。行軍中に予備の刀や火縄銃などを括りつけられれば、輜重隊の負担も減りそうですな」


「おお! そうだな! 自領などの安全圏ならそうやって移動するのもアリだ。その案を採用しよう!」

「では、細かな要望などを含め、上様から具体的に楓にお伝えくだされ。私が伝えて、漏れがあってはいけませぬので」


 イケ渋な和田さんが、いたずらっ子のような表情を浮かべてる。これ絶対に言葉以上の意味を含んでいるよね。普段は無表情なのに、妹の楓さんのことになると結構表情が豊かになるんだよな、この人。


「わかった。それは後で伝えておくよ。藤孝くんとも相談事もあるし!」

「論功行賞の詳細についてですね。私の方で素案を作成しておきますので、上様はお休みになられてください」


 こんな時にもイケメンスキル発動! くそっ。藤孝くんをダシにして逃げようかと思ったけど、有能な彼に先回りされてしまった。この二人結託してるのでは? それともイケメンだけで通じるテレパシーみたいなものがあるんじゃないだろうか。


 どっちにせよ、この二人を相手にして話を押し返せるほどの頭でもないので諦めるとしよう。


「わかったよ。ではこれにて反省会を終える。皆の者、ご苦労だった」

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