第五十二話 力の差
俺が考えた分断策は、半ば成功したようだ。後瀬山城に向かう前側の部隊は大半が敗走し、最後まで抵抗していた敵兵を無力化した。
今のところ、幕府歩兵隊に損害は見受けられない。これで兵力差は、ほぼ無くなった。
後続の部隊も狙撃と弓での牽制を行っているし、先頭集団に狙撃していた銃兵隊もそちらへ向かう手はずになっている。
歩兵隊は整列して損害の確認と次の動きの確認をしているようだ。
息を整えたら後続の部隊へと突撃することになる。
こうなってくると俺のいる本陣にも安堵の空気感が漂ってくる。もうこの状況では本陣に向かってくることもないようだ。
和田さんも藤孝くんも穏やかな顔つきに変わったのだが……そわそわしている男の子が一人。
「
「はっ。すみませぬ。つい気が逸れてしまいました」
「良いさ。あとは後続の部隊を追い散らすのみ。歩兵隊に混ざってくるか?」
「良いのですか?!」
「惟政よ、問題ないか?」
「牽制目的で潜んでいた忍び衆が戻ってきております。ここの守りは問題ないかと」
そうなの? 全然気配感じないけど。でも和田さんが大丈夫って言うなら大丈夫だろう。
「だそうだ。正成、武功をあげてこい。藤孝、お主も行くか?」
いつも傍にいてくれるもう一人、藤孝くんにも声をかける。
猿飛はまあ興味なさそうだし、いいかな。戦陣でも相変わらずの態度で
「いえいえ。私が行っては、他の皆が上げる手柄を奪ってしまいますから」
自信満々のイケメンスマイル。
なんだろう。彼の言葉だけ聞くと嫌味でしかないのに藤孝くんが言うと、それはそうだよなって思ってしまう。
実際、藤孝くんが戦場であたふたしている想像できないもんな。イケメンって何でもありだな。くそっ!
「……だそうだ。正成よ、行ってこい」
「上様、大丈夫でしょうか。少しお元気が無いようにお見受けいたしますが……。一緒に参りますか?」
「行かないよ?! だってほら、俺って総大将だしね!」
なんてことを言い出すのだ、服部くんよ。驚きすぎて、いつもの口調に戻っちゃったじゃないか。
何で好き好んで命のやり取りをしている最前線に突っ込まねばならないのか。
俺、徴兵されただけの農民兵より弱いからね? ただの引きこもりだよ?
だいぶ戦国時代に慣れてきたけど、まだまだ刀を撃ち合わせるようなことをしたいとは思えない。もしかしたら仲間を守るためには刀を抜くかもしれないけどさ。
そう考えると、これからも戦地に赴くことになるだろうし、自分の身は自分で守れるようにしないといけないかな。
いくらみんなが守ってくれると言っても、藤孝くんたちが命の危機に陥ったら、きっと加勢すると思う。自分の性格的に。
そんな時に殿様稽古で刀を振っている程度じゃ、役に立てない気がするんだよな。
他にも合戦に出てみて、いろいろと気になる点も多かった。
戻ったら改善だな。って、いかん、いかん。帰るまでが戦だ。今から余計なことを考えていると、要らんフラグを立てかねない。今はこの合戦に集中しよう。
「さあ、手柄を立ててこい!」
「ありがたき幸せ!」
服部くんは恐ろしいスピードで駆けていく。何でみんなあんなに足が速いんだろう。
鎧兜とか槍とか結構重いよ? 俺も野山を走らないとダメかなぁ。うーむ……。
大した時間もかからず、幕府歩兵隊に合流した服部くん。少し話し込むと二列縦隊の先頭に立ち、滝川益重さんと並び立つ。益重さんがもう一列の先頭にいる。
そして二匹の蛇のように動き出した歩兵隊は、街道を塞ぐ大木を避けるように左右に分かれて山に分け入る。あの人たち、結構な斜面なのにスピード落ちないんだけど。
どんだけ走り込めばあの脚力を身に付けられるのだろうか。
いかん。余計な考えは止めて後続の部隊が見える位置まで本陣を動かさねば。
後続の部隊が見える位置まで来てみれば、先頭集団とさほど変わらない状況だった。
既に大半が逃げ去り、その場に残る足軽たち。
違う点があるとすれば、後ろに引き連れていた輜重隊の荷車の近くに固まり、身を隠していることだろうか。
それでも幕府銃兵隊にかかれば狙撃するのも容易いのだが、見たところ足軽くらいしかいないので銃撃は止んでいる。銃兵隊はまだ戻ってきていないので、おそらく不測の事態に備えて待機しているのだろう。
さて荷車に寄り添って固まっている足軽たちは二十人にも満たない。きっと後続の部隊が逃げられるのは、自分たちが暮らす村がある方向。それに近くで総大将がやられたのも大きいのかもしれない。先頭集団より残っている人数は多くない。
これでうちの歩兵隊の突撃に耐えられるとは思わない。投降を呼びかけてやりたいけど、こっちも身分などを隠して襲撃している身。うかうかと身を晒すわけにはいかないので、歩兵隊の槍の餌食となってもらう。
敵方は、ただでさえ人数が少なく幕府歩兵隊の半分である。そのうえ槍の師範である服部くんまで加わってパワーアップした歩兵隊。敵う訳もないだろうな。下手に踏ん張るとあの槍撃を前後で二発食らうことになる気がする。ぜひとも一発目で吹っ飛んで欲しいものである。それが君たちのためだ。
そうこうしている間に、右手方向の斜面から幕府歩兵隊が駆け下りてきた。敵勢は、慌ててそちらに向かって槍を揃える。
何となく、先頭集団の足軽より練度が高い気もするな。総大将の周りにいたから経験豊富な者たちが集められていたのかもしれない。
でもね……それ、歩兵隊の半数なんだよね。ほら、背を向けた方向からも別部隊が来てるよ。うん、ビックリするよね。何とか立ち向かおうと体制を整えたのに、そのタイミングで背後から敵が突っ込んでくるんだから。
長柄の武器って不便なんだよな。しっかり意思統一しないと思い思いに振り返って、武器が絡んでしまう。
こうなると右往左往するか呆然とするしか選択肢が無い。前を向いても後ろからやられるし、後ろを向いたら前から来る。出来ることは半数ずつ背を向け合って対抗するしかないんだけど、そういう指揮が出来ないように指揮官クラスを狙撃しておいた訳で。
つまりは訓練用の
そして挟み撃ちでも正反対から挟むのではなく、斜め方向に突き入れている。こうすれば危なくないもんね。今回は敵陣が薄いから、勢い余って味方の方にまで槍が届くかもしれないから危ないし。
そして先ほどと同様に吹き飛ぶ人々。綺麗に交差して飛んでいく。
あっ、敵兵が空中で激突したぞ。あの人たちは余計にダメージを食らってる気がする。ただでさえオーバーキル気味なのに。
さて、戦はこれで終わりだろう。もう立っている敵兵はいない。
歩兵隊の皆も戻ってきた。銃兵隊や忍び衆もいつの間にやら側にいる。
彼らは何だか生き生きした顔をしているように思える。
戦うために集めたのに出番がなかったんだから、それも当然なのかな。
俺からすると大きな怪我をしている様子がないことが何よりだよ。
「揃ったな。皆の働き、この目でしかと見たぞ! さあ、胸を張って帰ろう。これより帰陣する!」
大きな被害はなく、当初の目的を完遂できた。これで、すぐに義弟の
当主=信方ラインの虎の子である
これで俺の初陣は終わりだな。
しかし思ってしまう。
俺、やっぱり要らなかったかもしれないと。
どうやっても付きまとってくる感情を抑え込み、きっと皆の働きを直接見てあげることが大事だったはず。そう思い込むようにした。
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