非公式の戦い

第五十一話 火蓋が切られた

 ダ、ダ、ダダーン!


 大木が倒れた音。次第に大きくなる喧騒。

 その最中に我らにとっては慣れ親しんだ音が響き渡った。そして一瞬の静寂。


 ダ、ダ、ダダーン!


 二射目。銃兵隊には、一人二丁の火縄銃を配給しているので、ほとんどタイムラグが無く放たれた。


 そして恐慌。先ほどの喧騒ではなく、悲鳴が他の声を搔き消す。


 俺ら本陣と歩兵隊五十名は、少しずつ山中を進み、奇襲地点へと近づく。ある合図を以て、歩兵隊が突撃するために。そして本陣は、指揮を執りやすくするために。もう敵方が物見偵察隊を放つ段階を過ぎている。音を立てぬようにしておけば、近づいても問題ない。


「なんだ!? 何が起こっとる?」

「あれは火縄銃だ! 目に見えんとっから撃たれるぞ!」

「いかん! お侍さんたちが撃たれちまった。どうすりゃ良い?」

「逃げろー! 前が空いてて、まだ囲われてないぞ! 負け戦じゃ乱取りどころじゃない!」


 そう。これが合図だ。敵兵の走り出す音がする。もう前半戦の詰めの段階だ。


「歩兵隊、突撃せよ!」

「応!!!」


 歩兵隊五十名は一丸となって駆けていく。走りの遅速は統一され、一つの生き物のよう。彼らは槍を煌めかせながら突撃していく。本陣も襲撃地点が一望できるところまで進んできた。


 先ほどの合図というのは、分断した先頭集団を敗走させるためのもの。俺らの轡取りとして諸大名の足軽のような格好に身をやつしていた忍び衆が混乱の最中に紛れ込み扇動をしたものである。


 全員が全員と行かないでも、かなりの数の農民兵を敗走させられると予想して策を実施した。今の状況を見るに七割方は上手くいっているようだ。駆け去る足軽は、いくつかの小さな集団を作りながら、進行方向に逃れていく。


 そのために細々とした策を練っていた。奇襲によって分断と混乱を生じさせ、指揮官クラスを狙撃し無力化。指示する者がいなくなって烏合の衆と化した足軽たちを、忍び衆が逃げるように扇動する。

 ある程度、上手くいったみたいで良かった。まあ、この辺りは忍びの得意分野でもあるからさ。成功するとは思っていたけど、結果を見るまで不安だったんだ。


 その場に残る兵は三十人から四十人ほど。それは忠誠心によるものなのか、逃げる決断が出来なかったからなのか。彼らは身を寄せ合うようにして固まっている。


 不安そうにしていても、彼らはその場に残った。そして槍を離していない。

 そろそろ幕府歩兵隊が相手からも視認できる距離まで進んでいる。


 恐怖から武器に縋りたくなったのであろうと、咄嗟の反応だろうと、戦場で武器を構える敵には、幕府歩兵隊が襲い掛かる。あの自分にも他人にも厳しい滝川一益たきがわかずますさんが二年にも及ぶ期間、日々訓練を施した専業の兵士集団が。


 敵の足軽兵は、定石通りの動きを取る。半数は長柄槍の石突(槍の刃とは反対の末端)を地面に付け穂先を敵に向ける。残る者は、長柄槍を振り上げ、叩きつける準備をする。

 普通であれば、それで足を止めさせ、槍で叩き伏せた後に突いて止めを刺す。


 しかし、それは今まで通りの敵であればという話だ。

 幕府歩兵隊はその程度で足を止める者はいない。ある者は自前の槍で払い上げ、ある者は小さな動作で穂先を避ける。脱落する者も無く勢いそのままに敵勢へ槍を突き立てる。


 ズドン。まさにそういう音がピッタリであった。

 槍を受けた足軽隊は、彼らの勢いを一身に受けて吹っ飛んでいった。

 なんせね、うちの歩兵隊の槍の柄は竹じゃない。しならないし重いんだよ。昨夜、余りにも時間があったから持たせてもらったんだ。

 歩兵隊のみんなより、俺のほうが背が高いのに、力は彼らの方が断然上。あんなの持って走るだけでもキツイのなんの。


 だからね、彼らの槍で真っ直ぐ突かれたら、走ってきた運動エネルギーと、逞しい腕から繰り出された威力が一点に集中するんだ。そりゃあ吹き飛ぶよねって話だよ。


 あの人たち、ただでさえ重たい堅い木の柄に漆を塗ったり、鉄輪を嵌めたりして強度を増してるんだよね。それと体付きも良いんだ。多分、猪肉の干し肉や味噌漬けを配給しているのも影響があったと思う。

 あの人たちの突撃に立ち向かうなんて絶対ヤダ。


 出来るだけ農民兵である足軽の命を奪わないで欲しいという意見を組んで、逃げようとしている兵は見逃すってことになった。でも武器を構える者や立ち向かってくるものには手加減しないことになっている。


 向かってくるものに手心を加えると、うちの兵たちに危険が及ぶ可能性があると言われたからだ。狩り出された農民兵は殺したくないけど、仲間が傷つく可能性があるなら、どっちを優先するかなんて、わかりきっている。


 それが先ほどの結末だ。ただ、彼らは余裕があれば即死するような場所を攻撃しないと言ってくれた。その優しさもそうだけど、俺と同じ初陣でも、それくらい余裕だと自信を持っている彼らは凄いと思った。

 そして滝川式ブートキャンプは初陣より恐ろしいのだと理解してしまった。


 なんだけどさ……。吹っ飛んだ足軽たちはピクリとも動かない。

 あれって死んでない……よね?


「はっはっは! どうした? 手応えが無いぞ。ほら、立ち上がってもう一度槍合わせしようじゃないか!」


 やけに元気な奴が一人。倒れ込んだ敵兵を掴んで、引き起こそうとしている奴がいる。

 おかしいな。今回は非公式な戦いだから、静かに奇襲して、密かに撤退するって話になっているはずなんだけど。


 ああ、やっぱり命令は伝わっているようだ。一人だけ鎧のランクが高そうな御方が羽交い絞めにして引き離している。あれは多分、滝川一益さんの甥御さんで幕府歩兵隊の隊長を務める滝川益重たきがわますしげさんだろう。


 とりあえず彼の言い方からして足軽たちは、どうやら死んでないらしい。良かった。

 ああ、どうやら槍の穂先を使わず、石突で攻撃したみたい。あの勢いで槍に刺されたら急所じゃなくても死んじゃうもんね。

 あの感じからして、随分余裕があると見て取って、手加減してくれたんだと思う。



 それにしても、戦地で楽しそうにしているあいつは、随分マイペースだな。益重さんが苦労しているように見える。


 いや。今はそこを気にしてる場合じゃない。次の段階に進もう。

 すでに先頭集団の方で立っている者は幕府軍しかいないのだから。

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