第五十話 夜明け そして 幕開け

 山の夜は思いの外冷え込む。

 しかしながら、気温以上に寒く感じていると思う。それは緊張によるものと思われる。そのせいで手足の先に血が通っているようには思えない。

 気を抜くと倒れ込んでしまいそうなほどに足の感覚が無いのだ。


 朽木谷を発って若狭国へと向かったが、さほど時もかからず陽が落ちた。

 粟屋勝久あわたかつひさ勢は、明日にならないと此処には来ないはず。

 それでも、隠れ潜んでいる山中では火を焚けない。何がキッカケで我らが見つかってしまうかわからない。もしかしたら物見が先行しているかもしれないのだし。


 だから、まだ本隊が来ないからと言って気を抜けない。

 今回は普段の戦のように本陣を置くことも出来ない。目立つことを避けなければならないのが理由だ。山中に白い陣幕があれば、気が付かれる可能性がある。

 風除けに陣幕があればいくらかマシかもしれないのに、作戦の成功のためにも此処は耐え所なのである。



 今回の戦は、何より粟屋勢に見つからないことが優先される。そのため指揮所という名の空き地から街道は見えず、忍び衆からの報告頼りになる。この空き地は偶然に見付けたものではない。先行した忍び衆が邪魔な木々を切り払ってくれているからである。


 山中の木々を切り払うというと大げさに聞こえるかもしれないが、この時代の山中は鬱蒼うっそうと木々が生い茂るような環境ではない。

 この時代の木とは建築資材でもあり、燃料でもある。盛んに造られていた戦船も商船も木造。陣地構築の柵を作るのにも木を使う。戦続きの戦国の世では、鍛冶が盛んだが、燃料として炭が大量に必要となる。これもまた原料は木だ。


 そのため、人の住まう辺りから伐採が進み、そのまま使う一方であれば、禿山はげやまばかりとなり、その地は痩せ衰える。住民は煮炊きに使う燃料すら得られず、生活に苦しくなる。一度災害が起きれば、その地を離れなければならない。

 暮らしにくい土地なら民はどこかへ行ってしまう。


 つまり領主は山林資源を維持していくのが最も重要な仕事となる。

 エコだなんだと叫ばれる現代よりも切実な事情で植樹の文化が根強いのが戦国時代。そういう背景もあって、木の切り過ぎを防止し、領地の財産といっても過言ではない森林資源の管理のため、伐採については領主の許可制となっている。


 今回は、まあ……戦時ということで許してもらおう。これ以外にも木を切り倒すのが作戦でもあったし。生きて帰れたら、義弟の武田義統たけだよしずみさんに弁償するしかないな。



 それにしても夜の山は寒い。鎧だけでは防寒性能に限度があるし、その上に毛皮の陣羽織ってもあまり暖かくない。


 つまり耐えるしかないのだ。この緊張感の中、いつか現れるであろう敵を待って。

 あれほど戦が恐ろしかったのに、敵に早く来て欲しいと願うなんて現金なもんだ。



 夜が明け、最終確認のため奇襲を仕掛ける予定地点の街道を下見している。もちろん街道を歩けば見つかる可能性があるので、山中からの視察である。

 場所を確認が済めば、あとは敵と相見あいまみえるまで此処を見ることも無い。

 予定通り上手くいけば、俺は戦いが終わった後に見るだけかもしれない。是非ともそうなって欲しいものである。





「御注進! 粟屋勢、間も無く予定地点に差し掛かります!」

「……ついに来たか」

「そのようで」


 待ちに待った敵が来た。やっと敵が来た。そう思えるようになった。

 ここまで来ると腹を括れたということなのだろうか。いや、開き直りか、それとも側にいてくれる和田さんの落ち着きが感染ったのかもしれないな。


「では手筈通りに頼む」

「承知」


 和田さんの指示を受け、報告に来た忍び衆が足音も立てずに駆け戻る。


 今回の策は、何度も使い古されたものだ。

 多数の敵に立ち向かう少数の者が取るべき戦法。分断して各個撃破。


 まず敵の半数が想定地点を過ぎたところで、街道に木を倒す。これは先行した忍び衆が仕込んでくれた。

 街道に倒れ込むように切り込みを入れ、クサビで仮止めしている。クサビを打ち払い背面に仕込んだ火薬を爆発させれば街道を塞いでくれるはず。


 後方撹乱が得意な忍び衆の仕込みである。きっと上手くいくだろう。


 隊列を前後に分断した後は、伏せていた忍び衆が前後の隊それぞれを短弓で牽制。足を止めさせて、反対側の山中に配置した銃兵隊が身分の高い者から順に狙い撃つ。

 敵勢が二百。それを半数にしてそれぞれを攻撃する。こちらは忍び衆二十、銃兵十ずつの組み合わせとなる。


 敵勢は、総大将が粟屋勝久あわやかつひさ、側近が二名が長柄足軽と弓足軽の部隊を率いている。その配下には各足軽隊の足軽頭が三名ずつ、足軽組頭が五名ずつという構成である。銃兵が狙うべき敵指揮官の合計は十九名。軽輩の足軽組頭を除いて最低九人を仕留められれば、大勢は決するという読みである。


 つまり、半分に分けた幕府銃兵隊は、先頭の部隊、後続の部隊にいる標的を各々狙うこととなる。予想では先頭側の的には指揮官は少ない。少なくとも総大将は前にいないはずである。接敵する危険性が高いので前線指揮官がいる程度だろう。そのため、こちらを早く終わらせ、後続部隊の攻撃に合流させる予定だ。


 徴兵された農民兵は指揮官の指示があることで軍としての力を発揮できる。

 指揮官がいなければ烏合の衆も当然。彼らは自分で判断するような訓練を受けている

 訳でもないし、軍役つまり租税の一つとして狩り出されているに過ぎない。

 その狩り出した領主側の人間がいなくなってしまえば、戦地に残って命を張る意味も無くなる。


 今回はその仕組みを逆手に取る。うちの銃兵隊は狙撃の腕が良い。銃兵隊には各自二丁の火縄銃を貸与している。弓で足止めしているうちに、悪くても二発、普通なら三発は撃てる。銃兵隊全体で二十名。撃ち出される弾丸は四十発から六十発。充分だ。

 何より、杉谷善住坊すぎたにぜんじゅうぼうさんなら外さないだろう。一人で三人を狙い撃てる。もちろん彼には後続を狙える方に配置しているのだが、総大将と側近で三名。彼だけで粟屋勢を退却に追い込めそうな気がするのだが……。


 あれ? 俺、要るか? 忍び衆と銃兵隊だけで済んでしまう……よな。

 そこは気にしてはいけない気がするぞ。何より初陣とは勝てる見込みがある戦を選ぶという。今回は、そういうものだと思おう。



 ド、ド、ドーン


 腹に響く重低音。火薬が炸裂する。そして続く地響き。狙い通り大木が倒れたようだ。

 ついに始まったか。俺の初陣が。



――――――――――――――――――――


 次回のお話は、恒例の幕間 室町武将史です!

 いつものように10話単位での幕間なのですが、やっと開戦というタイミングで幕間になってしまいました。

 決して狙ったわけではありませんので、お許しください(>人<;)


 そしてそして、なんと!本編50話達成です!

 朽木谷逼塞編は、65話くらいで纏める予定でおります。ただいま、60話に手をつけている最中です。もう少しお付き合いくださいますと幸いです^ ^

 いつもお読みいただきありがとうございました。引き続きよろしくお願いします!


 もし、義輝や楓、猿飛などのキャラが好き! 続きが気になる!


 裏耕記いいぞ! 応援してるぞ!


 と、思っていただけましたら、

 

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