第四十六話 義弟の危機
弘治二年(1556年)
思いもよらぬところから来た危急の連絡。
まさか若狭武田家で廃嫡騒ぎが起きるなんて思いもよらなかった。
廃嫡ってラノベの設定で使われる言葉って訳じゃないんだなぁなんて馬鹿なことを考えて現実逃避をしてみたが、状況は好転せず。
義弟であり、若狭武田家の嫡男である
そして、和田さん率いる忍者営業部が情報を集めてきたのだが……。
「上様、ご報告致します」
主要メンバーの面々も事の顛末が気になるようで、俺が頷く様子を凝視している。
その様子から緊張感が伝わってくる。この時代の人々であっても、廃嫡騒ぎは尋常ではないということが察せられる。
「まず当主である若狭守護
んん? 長男を嫡男として認めていたけど、やっぱり弟に継がせたくなったということか? 普通の感覚ではそれは無しでしょうって言いたくなるけど、この時代では家長の意見は強い。
とは言え、家中が割れているということは、弟に譲るというのが無理筋だということでもあるのか。
「割合で言うとどれくらい?」
「やはり当主である信豊殿の意向ということで四割近くは。残るうちの半数は義統派。残りの半数は中立のようです」
賛成派:四、反対派:三、中立派:三ということか。……微妙だな。いや、義弟の義統さんはあんな感じだけど思ったより人望があるのか。
「厳しいようだが義弟殿は人望があるようだな」
「いえ。それが、それだけではないようで」
「もしや……」
ここで藤孝くんが何かに気が付いたようだ。
「藤孝、何か思いついたのか?」
「はい。思うに、嫡男の義統殿は上様と義兄弟になられて既に八年ほど。若狭武田家中では、義統殿が当主となるのは既定路線と考えるはず。それを見越して次代の中核となる子弟を次期当主である義統殿に託した有力者が多いのではないかと」
イケメン藤孝くんの推理が冴える。確かに俺の周りにも藤孝くんを始めとして同年代の人たちが多い。それは、家を守る意味で次の権力者に自分の子を託すのだ。将来の当主を支えていけるようにと。
「そういうことか。確かにそれだけの時間があれば、普通は義弟殿が継ぐのが当然だ。それに将軍家と縁戚関係の嫡男を廃嫡すると外聞も悪いのではないか?」
「さようで。私が聞き及んだ情報では、そこを懸念するものも多いようで」
あれ? そうなると義統の人望が高いという訳じゃない……のか?
「それなら義統派がもっと多くなっても良いのでは?」
「そこはなんとも。やはり当主と嫡男では当主の力が強いようで」
やはり当主の意向には逆らえないのか。兄弟間ではっきり能力の優劣があれば違うのだろうけど。どうやら家臣たちも絶対に次期当主は義統でないと、とまでは思っていないようだ。
「状況は分かった。今後の動きは分かるか?」
「残念ながら義統殿の分が悪いかと。弟の信方派には武田家四老と言われるうちの一人、
粟屋って人の動きが速すぎる。不穏な気配を察して、準備していたのか。それとも、そうなることを知ってたのか。
「もしかして、当主とつながってる?」
「その可能性が高いかと」
実力行使まで考えてるってことは、当主の武田信豊さんは引く気は無いよな。義統が駄々を捏ねるなら、力づくってことだ。つまり話し合いの余地はそもそも無いってことになる。
「これは、義統さんが引かない限り血が流れるな」
「残念ながら。そして多くは嫡男派に所属する者が流すことになるでしょう」
初動の段階で負けているのだから、苦しい戦いになるのは間違いない。信方派がどれだけ兵数を集めてくるか分からないけど、若狭武田家中の雰囲気を聞くに、苦戦している方に味方するような人は多くなさそうだ。
つまり、最初のぶつかり合いに負けるとズルズルと敗北の方へ転がり落ちていくことを意味する。そして、その可能性があるのは義弟の義統の方だ。もともと、派閥間の力関係で負けて、初動で負けている。勝ち目があるとすれば、合戦で勝つことしかない。
俺に出来ることは……。
「この内乱を傍観した場合、起き得ることは?」
「当主及び信方派の勝利。幕府との関係をどうするのかは未知数。幸いなことに当主の信豊殿は六角家の娘を妻としておりますので、協調路線は続ける可能性も。しかし御嫡男殿の御命は……」
「幕府が家督相続に口を挟んだらどうか?」
「当主の腹は、既に廃嫡を決めた様子。今回留まっても最終的には暴発する可能性が高いかと」
「……もし、内乱が起きた場合、幕府の損害はどうか?」
「若狭小浜が戦地となれば、港町は焼かれ、借り上げている蔵にも損害が出るやもしれませぬ」
正直、若狭小浜が戦地となるかなんてわからない。義弟の義統さんが兵を集められるのかも定かじゃない。幕府には損害が無いかもしれない。
だからと言ってさ、彼は変な義弟だけど顔を合わせた事のある人を見殺しには出来ないよ。
知ってて放置するなんて出来るわけないじゃん。どんな顔して生きてけってのさ。何をしてても、義弟殿の顔を思い出しちゃうよ。
人の良さそうな義弟。文芸談義になると豹変する義弟。藤孝くんと夜通し話せたことが嬉しそうだった義弟。
……やっぱり無理だ。放っておくことなんで出来ないよ。若狭武田家の内乱を止めないと。
将軍ならば……日ノ本の民の安寧を守るのが幕府なら……仲間の命すら守れないのであれば、そんな大層な御題目を達成できる訳ないだろ!
――――――――――――――――――
あとがき
ついにお気楽で優しい現代人義輝が朽木谷から出ることを決心しました。
当初はサークルのノリのような感じで部下を後輩に見立てて可愛がっていましたが、いつの間にやら仲間としての絆が結ばれていました。
まだまだ危なっかしいところはありますが、将軍としての自覚を持ち始めています。
朽木谷に逼塞して暮らした数年が、義輝を将軍たらしめる必要な時間でした。
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