室町武将史 進むも退くも滝川なり 其の一
幕間 滝川一益 伝 地に臥せる
甲賀の土豪 滝川一族。甲賀大原の高安という一族から枝分かれをした。
小さな土豪の分家。一族は多いが土地は小さい。
甲賀の生まれといえども落ちぶれた家である。武士としても半端、忍家としても半端。我が身の内には、一体何の血が流れているのだろうか。
土豪などと言ったところで、小さな土豪では武士身分の者は限りなく少ない。それこそ領民に囲まれれば、打ち殺されてしまうほどに。
私は、まだ何者でもない。いずれ一廉の
己の未熟さと非力さに鬱々としながら暮らした幼き日々。いつも身を立てるのに何をすべきか考えていた。身近にあったのは、甲賀流忍術であった。
私が甲賀の忍家に忍術修行を頼み込むのは必然と言える。しかし
優れた忍びは幼きうちから厳しい修行を積み、才を伸ばす。才の無いものは脱落していき、若き優れた忍びのみが生き残る。
出遅れた私が彼らを追い抜くことは不可能だった。彼らを超えるほどの才は無く、時間も無かった。いや、才だけは負けていないと思っていた。
彼らの動きを観察し、己の身体でそれをなぞった。彼らの失敗から学び、己の
私にも優れた忍びの彼らと同じ才があるならば、効率的に学べば追いつけると考えていたのだ。当初はそれでうまくいった。面白いように技術を習得できた。
やはり才だけは負けていなかったのだ。生まれが悪かったに過ぎなかったのだ。
そう思っていた。才の多寡というものは突然知ることになる。順調に伸びていた腕前は、ある一定の水準でぱったりと止まってしまった。
いや、彼らの技術を模倣できなくなってしまったのだ。私の身体では彼らの動きを模倣することが出来なくなっていた。私の才はそこまでだったということだ。忍びとしては二流が良いところ。身分の枠を超えて名を馳せるには絶望的な腕前である。
下忍としても扱われぬ枠外の出自である私が、忍びの道を進むのは死ぬことと同義であることは嫌でもわかった。
そもそも下忍というものは常に過酷な任務を負わされるものだ。下忍は中忍の、中忍は上忍の駒でしかないのだから。
それが分かってしまってからは、あれほど打ち込んできた忍術修行への熱意がきれいに消えてしまった。
ある時、上方での任務を終えた下忍の一人が火縄銃という物の話を聞かせてくれた。忍びは古来より火薬を用いて、戦陣をかく乱したり、任地から遁走する手段にしてきた。その火薬を鉛の玉を飛ばすために使っているという。
私は興味を持った。古来より続く忍術では、もう先が見えない。火縄銃のように、新たな発想で古きものを活用する。革新的な技術が連綿と続いた技術を打ち破る。
そう思うと、再び身の内から熱が高まるのを感じた。
そこからは早かった。どこで火縄銃に触れられるのかを聞き、どうやったら学べるかを考えた。忍術修行の終わりを迎える頃には、旅支度を済ませており、その足で火縄銃の産地として名高い堺へと赴いたのであった。
「邪魔だ! 出ていけ!」
「そ、そこを何とか! 某を雇ってくだされ!」
「なんでわざわざお武家を雇わにゃならんのだ! ましてや覚えの良いガキでもあるまいし」
「確かに! 某はとうに元服を済ませております。しかし! しかし某は火縄銃の将来性に賭けているのです!」
「知ったことか! ほら出てってくんな。ほらっ」
最後には武家に対する遠慮も無くなり、押し出されながら工房の外へ出た。
もう三件目である。前の二件も似たような流れであった。
頭が柔軟で物覚えが良い子供であれば、出自が武家であろうと雇ってもらえたかもしれない。それは嫌というほど分かる。忍術修行でも何度も実感したのだから。
また武家であることも断られてしまう理由だ。武士とは詰まるところ、人を殺す技術を磨いた者たちである。わざわざ、そのような物騒な男を雇わなくても食うに困った子供は履いて捨てるほどいる。
分からなくて良いことまで分かる。幼き頃よりそうだった。しかし、その能力は私を幸せにはしない。気を滅入らせるだけだ。
この堺で火縄銃を学ぶのは無理なのかもしれない。
さあどうする。国友に向かうか、紀州に向かうか。甲賀から堺へ来た。方向からすれば紀州なのだが……あそこは余所者に排他的な地域だと聞く。国友なら新興の火縄銃製造の産地だ。私のような半端者には紀州より国友の方が良いやもしれぬ。
だがそれで良いのであろうか。忍術と同じようにどこかで道が途切れているのではなかろうか。本当に火縄銃に人生を賭けて良いのであろうか。
「お侍さん、下ばかり見てっと道を誤るよ」
何とも言えない軽妙な声掛けだった。見ず知らずの人間から声を掛けられたというのに、やけに言葉が耳に残った。
顔を上げれば、人の良さそうな男が立っていた。着流しではなく、袴を身に着け、頭には手ぬぐいを巻いている。
この格好の男たちには、今日何度も会っている。武具製造に携わる職人の格好だ。
「下ばかりでは道を誤りますか」
「おうよ。上だけ見てっと道を踏み外すしな。塩梅っちゅうのは難しいもんさね」
「至言ですね。しかし、私は道に迷い、一歩を踏み出すことすら躊躇っております」
「止まったって良いのよ。歩みを諦めなきゃな。そうすりゃ、そのうち流れに押されて勝手に歩き出せるってもんさ」
「そういうものですか」
「そんなもんさ。人には自分じゃどうにもならねえ時があるのさ」
「私は……どうしたら良いのでしょうか」
「ついといで。火縄銃のことを知りたいんだろ? ガキがやらせられるような仕事で良けりゃ、ねじ込んでやれると思うぜ」
それは、堺で火縄銃作りを学ぶキッカケとなった兄弟子との出会いだった。兄弟子は無理を言って下働きにねじ込んでくれた。本当に無理をしてくれたという事に気が付いたのは少し時が経ってからだった。
下働きは正に子供ばかりであった。その中で職人たちにこき使われながら少しずつ技術を見て盗んだ。
兄弟子の言葉を聞いてから耐えて日々を過ごすということに焦りを感じなくなっていた。
そう遅くないうちに決心した。
いずれ時が我が身を押し流すまで、ここでその時を待つことを。
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