第四十話 能力があれば良いという問題じゃない

「さて火縄銃製造部への人員補充と幕府歩兵隊の話は理解してもらえたかな?」


 随分話が長くなってしまったので、いったん区切りをつける意味もあり、皆に確認する。

 パッと見では疑問をいだいている人はいなそうだ。


 話の内容としては、火縄銃製造部に職人を手配して、月百丁の生産体制を整えること。その職人の下について雑用と技術修習を兼ねる人員の補充をすること。そして、その人員のうち生産職に向かない人で希望者を幕府歩兵隊として鍛えるということだった。


 幕府歩兵隊を直接募集しないのは、まだ幕府の収益構造に不安を覚えていて、直轄軍を維持していけないのではと思ってしまったからだ。なので、火縄銃製造部の仕事に向かなくても常雇いの兵士としての仕事を希望する人を拾い上げようという計画である。


 人数はそう多くはないだろうが、幕府としても、まだ多くの兵士を抱えられないから丁度良いのだ。

 何より火縄銃製造部は滝川一益たきがわかずます式ブートキャンプを乗り越えてきた人たちだから、生産に向かないからといってバイバイでは勿体ないもんね。


「特に問題無いなら、進めるよ。これは和田さんに対応してもらうことになる」

「はっ。なんなりと」


「幕府歩兵隊を組織することは話したね。ただ、その人員は一般兵が主になると思う。もちろん、指揮官に向いた人材があれば引き上げてかまわないんだけどさ」

「指揮官とは才能によるものが大きいですから、上様の仰る通りかと」


 うちは将を務められそうな人ばかりで、組織体系からすると歪なんだよな。小さな集団を率いて前線で戦えるような人なんていない。


「そこでね、歩兵隊数人くらいの小さな隊を率いる人とか、小さな隊のいくつかをまとめる人とかも必要なんだと思うんだ」

「小物頭や組頭、足軽大将あたりを務められる人材ということですな。確かに務まる人間は限られましょう」


「幕府歩兵隊の戦い方も決まってないから、何人組にするとかも決められないけど、人を率いる能力がある人の目星を付けておかないといけないと思って。俺も武装、軍制、用兵。色々と学ばねばならないよな」

「まさにご慧眼。上様は軍学書などお好みでは無いご様子でしたが、これを機に目を通されてはいかがですか?」


「そうだよな。早速始めよう。知らないと良いも悪いもわからないし。ある程度理解出来たら幕府の軍制について相談に乗ってよ」

「それは良いですな。では楓に軍学書などを渡しておきますので、楓に読み上げてもらうのはどうですかな?」


 ナイスパスですよ! 和田のお兄さん。


「和田さんが言うなら、そうしてみようかなぁ……」


 チラッと横目で楓さんを見たけど、特に反応なし。多分、嫌そうならすぐに分かる。だから嫌がっている訳では無い……と思いたい。


「では楓、頼んだぞ」

「は、はい! かしこまりました」


 良かった。立場的にそれはちょっと……とは言わないだろうけど、無理矢理ってのもね。


 これで、軍学のお勉強も楓さんに見てもらうことになったな。これに加えて馬術に武家言葉に礼儀作法、字の読み書き。教わることばかりじゃないか……至らぬ将軍ですみません。


 冷静に考えると、年上のお姉さんが家庭教師として来たみたいな状態ではなかろうか。

 分からなすぎて叱られたり、頑張ったご褒美をもらったり……悪くないですね。

 なんで学生の頃の家庭教師は男の人だったんだろう。その頃、楓さんみたいな人が家庭教師に来てくれたら、もうワンランク上の大学に入れたと自信を持って言える。


 まあ、親に見透かされてたんだろうな。女の先生に来てもらっても碌なことを考えないだろうって。はい、正解です。

 高い家庭教師代を払ってもらってたのに、アホなこと考えてごめんよ。


「話は戻るんだけど、そういう人材って見つかるかな?」

「うーん、難しいかもしれませぬ。組頭あたりでは小さな国人領主が務めますが、それらの者が土地を離れて仕官するのは稀ですから。石田殿は待遇が良かったのでお越しいただけましたが、組頭の経験者を組頭として迎えたいでは、なかなか。ましてや戦に負けたとしても、土地を追い払われるほど苛烈に攻めることもありませぬし」


 何となく歴史の勉強をしたときに聞いて記憶があるな。みんな血縁関係があって、ある程度被害が出たら、おしまいにするんだったよな。領主からすると、敵の足軽は占領地の農民でもあるわけで。殺し過ぎたら土地を奪っても価値がなくなってしまう。だから、ほどほどで終わるんだっけ。


「じゃあ難しいか。幕府歩兵隊の中から適性がありそうな人が出てくるのを待っ――」

「おっ。すみませぬ。そういえば一族が土地を追われて播磨へ逃れた者たちがおりましたな。しかし……その者を迎えるには覚悟が必要かと」


「か、覚悟?」

「左様にございます。その者たちは三好に攻め滅ぼされた一族の遺児にございますれば。迎え入れるとなれば明確な敵対行為ですな」


 それはちょっとご遠慮したいです。今のところ、朽木谷で大人しくしているから見逃してもらっていると思うし。わざわざ挑発行為をする必要はないでしょ。

 官位くらいは幕府の特権でいつものことだから、金集めに苦労しているくらいに思ってもらえる可能性はあるけどさ、敵対した一族を迎え入れたら、どう見ても仕返し考えてるって思われて仕方ない。


 まだ確実に三好と敵対すると決まったわけでもないし、組頭レベルの人材目的であの三好に喧嘩を売るのは違う気がする。


「その人たちは、いざ三好と決別と決まってからでも良いかな。接触だけしておくのは良いと思うけど。ちなみにその人は何て名前?」

「阿波国の久米義昌くめよしまさと申す者。父である久米義広くめよしひろが三好と戦い、戦陣に赴いた久米勢は籠城の末、すべての者が討死うちじに。嫡男の義昌に付けられていた武士たちが、義昌と遺族を引き連れ、播磨に逃げ込んでおります」


 お、おう。城を枕に討死ってやつか。よっぽど引くに引けない状況だったのか、不倶戴天ふぐたいてんの関係だったのか。何にせよ三好との因縁ありありですね。


 やっぱりこの人は迎えちゃいけない気がする。残念だが諦めよう。



 結局、足軽組頭や足軽頭のような下士官を探す話は、久米さんというジョーカー間違いなしになったことで、一旦保留となってしまった。

 そこで、武将格の身内から探してみてはどうかという話に方向転換。ただ、幕府にいる仲間は身分が高すぎるか、忍者の家系という人たちが多い。


 和田さん曰く、滝川一益たきがわかずますさんは一門衆が多いと聞いたことがあるそうで、滝川さんに話を持って行ってくれた。


 その結果、甥御さんの滝川益重たきがわますしげさんという方に幕府歩兵隊の指揮と育成のお手伝いをしてもらうことになった。親戚同士なら幕府歩兵隊の指導もしやすいという計算もある。


 益重ますしげさんも仕官先を探していたようなので、早速、清家の里にご家族で引っ越してきて指導に混ざってくれているようだ。なんでも彼の息子さんも楽しそうに歩兵隊の訓練に混ざっているらしく、火縄銃製造にも興味津々らしい。


 この辺りは、槍合わせの訓練で仲良くなったという服部くんからの情報である。


 そんな風に、平和な朽木谷で年の瀬を過ごし、何事も無く年が明けた。……のだが、天文二十三年となって四日目。

 新年気分の抜けない俺に血腥ちなまぐさい知らせが届いたのだった。


―――――――――――――――――――――――


 次回のお話は、幕間 室町武将史を挟み、四十一話以降から話が加速していきます。次の室町武将史では、服部くんとは別のキャラに焦点を当てています。

 そして今回の40話で10万文字突破です!

 いつもお読みいただきありがとうございました。引き続きよろしくお願いします!


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 裏耕記いいぞ! 応援してるぞ!


 と、思っていただけましたら、

 

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