加速する日々
第四十一話 無情な事情
事の起こりは、天文二十三年の一月二日。
京に
城主である
それだけでなく、事もあろうに荻野家中での合議も無く、独断で三好の傘下に入ると書状を送ってしまったようだ。話を聞くに、信長さんのように大名が独断で物事を決めるようなことはなく、実力者を集めて合議するのが普通らしい。
イメージとしては、その地域の有力者グループの代表という感じ。お互いの意向を無視できない程度の力関係だから、自分の都合で勝手に決めると、他の有力者から総スカンをくらうみたいだ。
そこで
そして、その後は何の混乱も無く、嫡男の直正を黒川城主とした。直正が暗殺の主犯としながらも、である。
普通に考えて、義理とはいえ父親を暗殺するような息子がトップに担ぎ上げられるわけなんてないのに。それだけで、この事件が家中の総意であったことが伺える。
問題は、この後にある。
朽木谷に一緒に逃れてきた、細川晴元という胡散臭いおっさん。今回の謀殺騒ぎは、このおっさんが唆した可能性が高いらしい。
お相手は、荻野家中ではなく
この赤井時家とは、朽木谷に来た時から頻繁に書状のやりとりをしていたのを和田さんが掴んでいたのだ。最近は特にやりとりが増えていたらしい。
この事件により、荻野家は三好と完璧に断交。鮮明に幕府派であることを内外に示した結果となった。その陰に室町幕府ナンバーツーの管領 細川晴元の存在。
あのおっさん。俺の意思など無関係に三好と暗闘を展開している。今、三好を刺激したところで、立ち向かえる力なんて無いのに。
これ、俺が三好にごめんなさいしたところで意味ないよな。むしろ、大っぴらに認めることになって余計ドツボにハマるか。
こんな事してどうすんだよ、あのおっさん。
ちょっと藤孝くんに相談してみるか。
「藤孝くんも丹波の話聞いたよね?」
「ええ。新年からとんでもない話ですね」
「そうなんだよ。あのおっさん、俺の頭越しに好き勝手やってるけど、三好家からしたら、俺もおっさんも同じ穴の狢でしょ。何とかならないかね?」
「あの御方は昔からそうでした。将軍を傀儡にして好き勝手やっております。何とかするのは難しいかと」
「どうして?」
「ある意味で先代将軍 義晴様を将軍に押し上げた御方です。政治闘争に明け暮れ、保身のために多くの近隣大名と縁戚関係を結んでおります。あの御方を排除すれば、幕府方から離れる諸大名も出てくるかと」
何ということだ。おっさんを放っておいても関係悪化、おっさんを追放しても関係悪化。何か打つ手はあるのだろうか。おっさんがいなくなっても三好と張り合えると自信が持てるまで、あいつを追放することができないのか。
「三好家と幕府の力関係が不恰好ながらも釣り合っているのは、諸大名の意向も含まれてのことだってことだね。あのおっさんを排除すれば今の均衡が崩れる可能性があると」
「残念ながら。しかし、上様は細川晴元様を赦免したばかりです。すぐにあの御方に対し、行動を起こされては何かと不味いことになるやもしれません」
「赦免? それってどういうことか教えてくれない?」
藤孝くんの言にあった赦免という気になるワード。
これについて説明してもらった。
この状況を引き起こしたのは、天文二十二年文月(1553年7月)の義藤の行動。今から半年ほど前のことである。
かつての義藤は、東山霊山城に籠り、三好長慶と
その手とは、細川晴元の諸将を召し出して、細川晴元を赦免すること。そして
これで細川晴元と手を組むことを表明し、三好家と完全なる敵対。火に油を注ぐ形となる。これが藤孝くんの赦免したばかりという言葉の概要である。
ただ、もっと悪い話が出てきた。この行動から、さらに
それだけじゃない。もっと目も当てられないことを仕出かす。その翌月(正確には二週間ほど)には義藤側から一方的に三好との和約を破棄して、城に籠り開戦したという。
これが朽木谷へと逃れる羽目になった合戦の発端である。
つまり、時系列で並べると、二月には仲良くやっていこうねって握手して、たった二週間後には、やっぱ止めたと喧嘩腰になり、七月には、あいつ絶対許さんと宣言をして父親の仇である細川晴元と手を組んだと。
こんなこと仕出かしでおいて、ごめんねって謝ってこられたって、俺なら信用しないぞ。将軍という地位に胡坐を掻きすぎじゃないか、かつての俺よ。
信用の無い相手と和睦の約束をしたって、三好長慶は気を抜いてくれないぞ。逆にこっちが軍備増強をしていたら、また裏切って喧嘩を売ってくると思われても仕方ない。実際そうしたのだから。
これって俺からの無条件降伏は許されないよな。三好家に好き勝手されないくらいの力を持たないとダメじゃないだろうか。
「もしさ、朽木谷を出て、三好と和睦したらどうなると思う?」
「実は上様にお伝えしておりませんでしたが、新たな将軍を立てようとする動きが三好にあるのです。おそらく、上様がその者を養子にして、将軍職を譲らねばならぬかと」
「将軍職を譲ったら、俺は用済みだよね?」
「……恐れ多いことですが」
「そうなったら、晴れて自由の身に成れたりなんかは……」
「ならないでしょう。他の大名に担ぎ上げられて大義名分にされるのをみすみす見逃すとは思えません」
「……となると?」
「良くて、どこぞの寺に幽閉。悪くて幽閉と称して暗殺。幽閉されているかどうかなど余所の者にはわかりませんから。そのうち病死したと発表されるのがオチかと」
これ、絶対将軍職から降りちゃいけないやつじゃん。俺に力が無ければ三好の言いなりになるしかない。
このまま無力な将軍として和睦してしまったら間違いなく将軍の座を追われることになるだろう。
誰だって、散々裏切って暗殺しかけてくるようなやつに将軍でいて欲しいと思う訳がない。代わりの将軍候補はまだいるのだから。
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