第三十七話 イメージを人に伝えるのは難しい

 試射を見学した後は、滝川さんと残っている議題を話し合うことにした。

 杉谷 善住坊ぜんじゅうぼうさんには別室で休憩してもらっておいて、主要メンバーだけで元の部屋に集まることになった。


 彼の腕前は素晴らしかったのだが、あまりにも的に当たりすぎるので、そのあたりも滝川さんに聞いてみようと思っている。彼はツッコミポイントが多すぎる。


 あれほどに射撃が上手いのであれば、何か特別な射撃法があるのではと思うのだが、どうなのであろうか。それを聞き出せるのは滝川さんしかいないと思われるので、滝川さん経由で聞くしかない。


 それにしても、義藤が使用していた火縄銃は重いのはもちろんのこと、海外ドラマで見るような現代火器と違い、肩に当てる部分が無いというか後ろの部分が短い。だから標準的な立射では腕だけで支え、顔の頬に横付けることになる。

 このスタイルでは火縄銃が重たくて、かなりしんどい。しかし日本で見る火縄銃は基本的にこの造りになっているらしい。


 いくつか気になっていたことがある。まず弾丸は現代のようにどんぐりみたいな形ではなくて、丸い玉なのだ。細かく図る器具は無いので、何となくだが、大きさにバラつきや表面に凹凸が見られる。多分これだと、同じように撃っても同じ場所に着弾するとは思えない。


 弾丸の精度を上げるか、現代のような形に変えるか。そもそも現代の形に進化した経緯を知らないから理屈で説明しにくいんだよな。

 何となく風の抵抗とかそんな感じな気がするけど、ふわっとした理由で職人さんにお願いしても良いのだろうか。


 それと銃身。電動工具や機械が無い時代に良くもここまで綺麗に作れるなと感心するほどの筒である。内側はツルツルのスベスベ。手仕事で、そのクオリティに頭が下がる思いある。


 ただ、あれが無いのだ。現代ドラマの科学捜査で良く出る『線条痕が一致した』というワードを生み出すライフリング。

 ドラマでは弾が銃身を通ると、螺旋状に彫られた溝の跡が付く。それが線条痕せんじょうこんだと言っていた。これも加えられれば命中率が上がるはずなんだけど……鉄の筒の内側に螺旋状の溝を彫るってどうやるのだろう。


 これもそうだが、あやふやな知識を伝えて良い物なのだろうか。職人さんたちを困らせてしまう気がする。それとなく、提案してみるか。でも先に大事な要件を済ませておかないとな。



「滝川さん、清家の里では硝石作りもやってくれるようだけど、材料となる家畜の糞尿を集めるのに時間がかかりそうなんだ。そこで幕府では養蚕を振興して和絹を引き取るとともに、蚕の糞も集めようと思う。これが人の糞尿の代わりになるか試してみて欲しい」

「かしこまりました」


「あとは相談というか、提案というか。今回の試作品の性能は良くなっているとはいえ、火縄銃はあまり的に当たらないものだよね?」

「そうですな。当てるだけなら弓の方が早くて確実と良く言われまする」


「念のため聞くけど、善住坊さんが特別でみんなできる訳じゃないんだよね? やり方を教えてもらっても」

「はあ、某も以前、聞いてみたのですが、狙って撃つだけだと言われてしまいまして。あれは特別だと思いまする」


 本当にそう言ったのか、とても気になるが、それに触れると話が脇道に逸れそうなのでスルーしておく。


「であれば、命中率を上げるには根本的に変える必要があるんじゃないかと思ってね。同じ飛び道具である弓矢と比べて何が違うのか検討してみない?」

「弓矢とですか……」


「弓は不思議だと思うんだ。矢は弓の本体、つまり弓幹ゆがらの右横に添えるでしょ。でも弦は弓幹と平行なんだ。普通に放てば右に行ってしまうのに真っすぐ飛ぶよね?」

「ああ、あれは手の返しが必要ですから。あれも技能といえば技能ですね。しかし火縄銃には転用は効きませぬ」


「そうだね。矢の方はどうかな? 小笠原さん、矢には羽が付いているけど、念のため役割を説明してくれない?」

「はっ。矢羽根には回転をかける意味合いがございまする。さすれば矢が安定し狙い通りの場所を射抜けるようになるのです」


 やっぱり回転をかけると真っすぐ飛ぶんだよね。それは現代の銃と同じ理屈だ。


「火縄銃の弾丸にも回転をかけられないかな?」

「回転ですか……。おそらく上様は銃身の尾栓に使われている螺子ネジのことを想像されているのかと思いますが……」


 そうそう! 筒の中を回転するネジの螺旋がライフリングのイメージだよね! さすが察しの良い滝川さん!


「ただ、銃身の内側に螺子山のように出っ張りを付けますと、おそらく玉込めが出来ないか、出来ても時間がかかってしまうかと」


 ネジ山?! ライフリングに因んだ話を初めて聞くとそっちになるのか。確か現代の銃は出っ張らせるんじゃなくて溝を彫ってるよな。


「それなら逆に溝を彫ってみるとか?」

「うーん。ご提案をいただき恐縮ですが、弾丸は筒の穴より少し小さいのです。ですから筒の内部に溝を彫ったところで弾に影響が出るとは思いにくく……。弾に回転をかけるという意義は理解できたのですが……」


 ダメだぁー! 俺の力不足で説明できない。完成形は知っているけど理屈を説明できないから空想の話をしている雰囲気になってしまった。

 進化した歴史があるのだから、ライフリングがある方が良いのは間違いないんだけど。


 あれって、どうやって銃身の径より深い溝で弾に回転をかけているのだろう。弾丸の径を大きくすれば簡単な気がするが、それじゃ玉込めできないし……。あ! 現代では弾丸を筒先から入れないんだった! だから少し径が大きくても発射する推進力で上手く食い込むんじゃなかろうか。きっとそんな気がする。


 しかし、そっちが解決しても火縄銃の方は解決していない。

 筒にスムーズに入るけど、キッチリ中で密着するものって……なんだろう。


「そうか。みんなに聞きたいんだけど、筒に入れるのは簡単だけど、キッチリ中で密着するものって聞いて何か思い浮かぶ?」


「…………」

「的外れかもしれませんが……」


 そう切り出したのは和田さん。本人も自信無さ気だが、あまりの場の空気感にたまれなくなったのか助け舟を出すかのように声をあげてくれた。


「忍びには吹き矢を使う者がおります。あれには息を受けるために吹き矢を円錐の形にしますが、紙や皮など柔らかい素材を使い、中で広がることで隙間を無くします。薄い金属の板を使う時は笠の形のようにし、縁を和紙で巻いて隙間を無くすようにしています」


「ああ、吹き矢も中で筒と密着させないと勢いが付かないもんね。……滝川さん、こんな内容で申し訳ないんだけど、うまく密着させる方法が無いか研究してもらえないかな? 多分、弾の形も変えてしまう方が良いと思うんだ。どんぐりみたいな形なら筒に密着する面が増える気がするんだよね。この話は急ぎじゃないから、清家筒の量産を優先で」

「……わかりました。やってみましょう」


 ごめん。滝川さん。本当はもっとうまく説明して取り組みやすくしたかったんだけどさ。ライフリングの説明できなかったよ。でも絶対に現代的な方が良いのは間違いないから。


 だんだん無茶振りばかりするブラック企業の社長みたいになってきている気がする。

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